もっとも、王建栄による発掘は「化石好きの農民の驚きの大発見」といった美談ではない。

 往年のシノサウロプテリクスの発掘の経緯と同じように、王建栄もまた、やはり化石売却で経済的な利益を得ることを目的とする化石ハンターだったのだ。イが発見された場所の周辺の山や谷は、こうした農民盗掘者たちがよく訪れる場所であるため、現地には穴だらけの痛々しい光景が広がっているそうである。

 イの化石はこうした経緯で掘り出されたため、天宇博物館に運ばれた時点ではバラバラであり、しかも岩石に覆われていた。パッと見ただけでは、この化石が前代未聞の特徴を持つ新種の恐竜だとはわからない状態だった。

 2009年、そんなイの化石の特徴に気付いたのは、中国の著名な恐竜学者である徐星(Xu Xing)だった。イの化石には羽毛が生えていた痕跡もあったが、徐星はイがどうやら他の小型獣脚類たちとは、いっそう違った特徴を持っているらしいことに気付く。

 やがて2013年、徐星は自身のスタッフである丁暁慶を天宇博物館に派遣して化石のクリーニングをおこなわせ、頭蓋骨や手の特徴から、この化石がスカンソリオプテリクス科の未知の恐竜であることを確信するようになった。

 ちなみにスカンソリオプテリクス(Scansoriopteryx:擅攀鳥龍。もしくはEpidendrosaurus)も、2002年に遼寧省で発見されたばかりであり、研究史のうえでは新顔と言っていい恐竜だ。

 スカンソリオプテリクスもまた、イと同じく長い第3指を持っていた。ただ、それまで研究では、ちょうど哺乳類のアイアイと同じように、木の穴のなかに隠れた昆虫を捕食するために指が長く進化したのではないかとみられていた。

 ところがイの場合、もうひとつ変な特徴が見つかった。

 手首にあたる部分から先に、他の恐竜では見られない長さ13センチメートルほどの棒状の骨が伸びていたのだ。中国恐竜研究の第一人者である徐星をもってしても、この骨の存在は理解を超えたものだった。

 だが、やがて徐星と中国科学院の同僚だったこともあるアルバータ大学准教授のコーウィン・サリヴァン(Corwin Sullivan)が、この奇妙な棒状の骨が、モモンガの皮膜を支える軟骨と似た役割をもっていたのではないかと指摘することになる。

 この恐竜は、鳥類や翼竜とは別の方法で空を飛ぶ、前代未聞の飛行恐竜である可能性が出てきたのだ。