「何かをしないこと」も
れっきとした陰謀だ

 事件が起きたペンシルべニア州はトランプ氏のライバルである民主党政権の知事が治める州です。行政幹部も民主党が選びます。当然、トランプ氏をよく思わない人がたくさんいるわけです。

 そこで起きた事実としては、犯人が登った屋根の上の警護からシークレットサービスを外したうえで、そこを地元警察が警護しなかったということです。

 この後に起きたことはおそらくたまたまでしょう。そこにトランプ氏襲撃を計画した青年がライフル銃を持って現場を訪れた。警備の厳しいところをあきらめて周囲をうろついているうちに、警備が薄い場所を発見した。そう考えると、この日に現場で起きたことが自然に説明できます。

「でもなぜ、そんな偶然が起きてしまったの?」と思うかもしれません。

 おそらくよく似たサボタージュがこれまでの予備選挙の段階から全米いたるところで起きていたのではないでしょうか。100回の緩みがあれば1回の事件が起きるのは不思議ではありません。

 陰謀を行うひとたちは巧妙でかつ小物です。「何か大事がおきれば」と思い、少しだけ何かをしないことで抵抗します。それが思いがけず大きな事件になったときは、あわてて「私は何も意図していない」と自分がやったことを隠すものです。

 ここも重要なポイントですが、そういった陰謀の結果はというとバタフライエフェクトで思いもかけない展開が起きてしまいます。

 20歳の青年の放った凶弾は、家族を守ろうとした元消防士の尊い命を奪ったうえで、共和党候補の下にアメリカ国民を結束させるという思いがけない結果を生みました。

 もし仮に、トランプ氏に何かが起きたら面白いことになるぐらいの覚悟で企てられた警備担当者の陰謀があったとしたら、その陰謀の首謀者は今ではバタフライエフェクトの結果に頭を抱えていることでしょう。

 とはいえ、あくまでこの部分は推測することしかできません。

 警備が手薄になっていたという事実はあっても、誰が何の権限で警備を手薄にしたのかは表面的にしか解明されることはないからです。

 記事をまとめます。トランプ暗殺未遂事件がディープステートのような影の組織による企てだったという陰謀論はおそらく的外れの推測でしょう。しかし一方で忘れてはいけないことは、トランプ氏の台頭に反対する組織があり、そこには数十万の関係者がいることです。

 そしてその中の一部のひとたちはときにちんけな権力を利用して小さな陰謀を企てます。

 それは妨害や隠蔽程度の場合も多いのですが、時には歴史を変えてしまうほどの思いがけない事件を引き起こすこともある。歴史が動いた背景に、何らかの陰謀があったと推察することは決して突拍子もない話ではないのです。