ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、タイムズなど各紙で絶賛されているのが『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』(アンドリュー・ポンチェン著、竹内薫訳)だ。ダークマター、銀河の誕生、ブラックホール、マルチバース…。宇宙はあまりにも広大で、最新の理論や重力波望遠鏡による観察だけでは、そのすべてを見通すことはできない。そこに現れた救世主が「シミュレーション」だ。本書では、若き天才宇宙学者がビックバンから現在まで「ぶっとんだ宇宙の全体像」を提示する。「コンピュータシミュレーションで描かれる宇宙の詳細な歴史と科学者たちの奮闘。科学の魅力を伝える圧巻の一冊野村泰紀(理論物理学者・UCバークレー教授)、「この世はシミュレーション?――コンピュータという箱の中に模擬宇宙を精密に創った研究者だからこそ語れる、生々しい最新宇宙観橋本幸士(理論物理学者・京都大学教授)、「自称世界一のヲタク少年が語る全宇宙シミュレーション。綾なす銀河の網目から生命の起源までを司る、宇宙のダークな謎に迫るスリルあふれる物語全卓樹(理論物理学者、『銀河の片隅で科学夜話』著者)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。

宇宙は約140億年前に誕生し、ほぼ大きさゼロから膨張し続けている…巨大なクモの巣のような「超空洞」を挟み、広大な銀河を結びつけている「宇宙の網の目」とは?Photo: Adobe Stock

宇宙の網の目

 宇宙は約百四十億年前に誕生し、ほとんど大きさゼロから膨張し続けていることは、二十世紀の中頃からわかっていた。

 しかし、膨張によって銀河がランダムに散らばってゆくわけではない。

 一九八〇年代に高性能な望遠鏡で観測した結果、巨大なクモの巣のような、ほぼ空っぽの超空洞(ボイド)を挟んだ、広大な「宇宙の網の目」に沿って、銀河が結びついていることが判明した。

 網(フィラメント)には何十、何百もの銀河が結びついている。各銀河はフィラメント自体の約一万分の一の大きさなので、このスケールでは一つの明るい点にしか見えない。

気が遠くなるようなスケール

 だが、その点には数千億個の星が詰まっており、その一つひとつに複数の惑星があるかもしれない。

 とにかく、この構造は、気が遠くなるほど巨大なクモの巣の上で輝く、露のような、光の斑点を通して追うことができる。

 この奇妙な宇宙の網の目構造を明らかにした、初期のプロジェクトの一つは、天文学者マーク・デイヴィスによって率いられた。

 テクノロジーに慣れ親しんだデイヴィスは、ソフトウェア会社で働いて、大学の学資を稼いでいた。彼は宇宙の銀河の位置をマッピングする自動デジタル化システムを構築した。

 数十年前のホルンベルクと同じように、デイヴィスは、既存の銀河のカタログが行き当たりばったりで組み立てられていることに気づき、コンピュータの助けを借りて、空をスキャンするプロセスを自動化することに決めたのだ。

 望遠鏡のドームの中は、「あちこちにワイヤーが走っていて……世界一きれいな仕事はできなかったけれど、なんとか、うまくいったよ」と、彼は述懐している。

最高の仕事

 しかし、その結果は大きな謎だった。

 なぜ、どのようにして、銀河が網の上に並んだのか?

 デイヴィスは、シミュレーションでこの問題を調べるために、三人の若い研究者を集めた。まずは、新星のサイモン・ホワイトと彼の博士課程の学生のカルロス・フレンク。

 彼らはちょうど、私たちの銀河系にダークマターが存在することを主張する論文を書いたばかりだった。定年を目前に控えた今、フレンクは宇宙論に対する、少年のような抑えがたい熱意を持ち続けている。

 「信じられませんが、どういうわけか宇宙で最高の仕事をすることになったのです」と、彼は二〇二二年の講演で語った。

 チームの三人目のメンバーは、当時ダラム大学で学位論文を書き終えようとしていたジョージ・エフスタシューだ。彼は、チームに必要な規模と高度なレベルでシミュレーションを実行できる、世界で唯一のコンピューター・コードの達人だった。

 エフスタシューは、私が二〇〇五年に自分の論文の執筆を始めるために、ケンブリッジ大学天文学研究所に着任したときの責任者であり、私にとっては少々恐ろしい権威だった。

 しかし一九八〇年代、エフスタシューは派手なバイクを乗り回し、革ジャンを着ていた。若い暴走族たちは、中国共産党の急進派になぞらえて「四人組」として業界に広く知られるようになった。

 エフスタシューのコードがそれまでのコードよりも優れている点を一つ挙げるために、こんなことを考えてみよう。

 私たちが知る限り、「宇宙には端がない」ように見える。コスモロジストが「宇宙は膨張している」と言うとき、物質の泡が何もない深淵へと膨張している、という意味ではない。

奇跡の箱に宇宙を入れる

 そうではなく、私たちの望遠鏡が観測している宇宙空間全体が、すでに銀河による宇宙の網の目で満たされており、しかもすべての銀河が互いに他の銀河からじわじわと後退しているのだ。これは頭の中で非常にイメージしにくく、またシミュレーションの現実的な難問でもある。

 はたして有限のコンピュータで無限の宇宙を表現できるのだろうか?

 その解決策は、数学的なトリックを使って、小さなシミュレーション宇宙を無限に見せることだ。

 わかりやすいアナロジーは、古典的なアーケードゲームの「アステロイズ」だろう。このゲームでは、二次元の宇宙船を操縦して、コンピューター画面のサイズの宇宙を周回し、衝突する前に宇宙岩石を撃ち落とす。岩や自分の宇宙船が画面の右端を飛び越えると、左端から現れる。

 同様に、上に飛び移ると下にテレポートする。これは見事に、端がないにもかかわらず有限なゲーム世界になっており、計算がしやすい

 エフスタシューのコードは、このアイデアを実装し、空間をシミュレーションする煩雑さを手なずけ、壁のない奇跡の箱の中に宇宙を入れてしまった。

 四人組は、この「箱の中の宇宙」と、標準的なシミュレーションの時間ごとのキックとドリフトの方法を組み合わせ、巨大な重力の影響力を持つダークマター(暗黒物質)が、何十億年という時間をかけて、徐々に物質の網を構築していく様子を示した。ダークマターが余分に存在するところでは、重力の引力がより多くのものを引き寄せる。

 逆に、ダークマターが少ないところでは、重力が弱く、物質が集まりにくくなる。その結果、暴走現象が起きる。高密度の物質が集まった小さな塊は、急速に周囲のあらゆるものを吸い寄せ始め、やがて、銀河のような巨大構造を作り出す。

(本原稿は、アンドリュー・ポンチェン著『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』〈竹内薫訳〉を編集、抜粋したものです)