ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、タイムズなど各紙で絶賛されているのが『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』(アンドリュー・ポンチェン著、竹内薫訳)だ。ダークマター、銀河の誕生、ブラックホール、マルチバース…。宇宙はあまりにも広大で、最新の理論や重力波望遠鏡による観察だけでは、そのすべてを見通すことはできない。そこに現れた救世主が「シミュレーション」だ。本書では、若き天才宇宙学者がビックバンから現在まで「ぶっとんだ宇宙の全体像」を提示する。「コンピュータシミュレーションで描かれる宇宙の詳細な歴史と科学者たちの奮闘。科学の魅力を伝える圧巻の一冊野村泰紀(理論物理学者・UCバークレー教授)、「この世はシミュレーション?――コンピュータという箱の中に模擬宇宙を精密に創った研究者だからこそ語れる、生々しい最新宇宙観橋本幸士(理論物理学者・京都大学教授)、「自称世界一のヲタク少年が語る全宇宙シミュレーション。綾なす銀河の網目から生命の起源までを司る、宇宙のダークな謎に迫るスリルあふれる物語全卓樹(理論物理学者、『銀河の片隅で科学夜話』著者)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。

強烈な放射線ビームを発射し、銀河の中心からガスを引きちぎり、次世代の星のために必要な燃料を奪う…太陽の数百万倍の質量を持ち、威嚇するかのように、私たちの銀河系のど真ん中に鎮座する「超大質量ブラックホール」とは?Photo: Adobe Stock

圧倒的な強さで物質を押し潰す

 原理的には、ブラックホールの発想はわかりやすい。それは、空間の一部に物質がぎっしりと詰まり、重力が暴走して、圧倒的な強さで物質を引き寄せ、押し潰したものだ

 ブラックホールは、その内部のものを宇宙に逃がさない。光さえも逃さない。だから、ブラックホールは「黒」とみなされるのだ。

 私は学部生のころ、ブラックホールについて学ぶのが好きだった。このテーマは、物理学と数学をうまく組み合わせれば、宇宙についていかに深く学べるかを、究極の形で教えてくれる。

 教科書的な歴史では、アルバート・アインシュタインが一九一五年に新しい重力理論を考え出し、カール・シュワルツシルトという物理学者が一九一六年にその理論がブラックホールの存在を示唆していることに気づき、天文学者たちが探し始めたとされている。

数十年の探究とノーベル賞

 しかし実際には、ブラックホールに対する理解が深まるまでには数十年を要した。時間がかかった理由の一つは、充分に洗練されたシミュレーションを待たねばならなかったからだ。ブラックホールが宇宙に及ぼす重大な影響について、私たちが理解できるようになったのは、ごく最近になってからなのだ。

 SFのマクガフィンのように見えるかもしれないが、ブラックホールは実在する(訳注:マクガフィンは、泥棒映画の宝石やスパイ映画の機密書類のように、物語の導入に使われる物や出来事を指す)。定義上、光を逃がさないものを見ることはできない。

 だが、強力な望遠鏡を使えば、ブラックホールの近くのガスや星を監視することが可能で、巨大な重力の存在が明らかになる。さらに驚くべきことに、ブラックホール同士が衝突すると、静かな池に小石が落ちた時に生まれる波紋のように、空間に歪みが生じて外側に広がる。

 この「重力波」は宇宙を遠くまで伝わり、現在では地球を通過する重力波が検出されるようになった。というわけで、この十年間で、ブラックホールは合理的な疑いを超えて実在することが証明された。二〇一七年と二〇二〇年のノーベル物理学賞は、証拠の積み重ねに貢献した、合計六人の先駆者に授与された。

ブラックホールが銀河を殺す!?

 そのうちの二人、アンドレア・ゲズとラインハルト・ゲンツェルは、太陽の数百万倍の質量を持つ壮大なブラックホールが、まるで威嚇するかのように、私たちの銀河系のど真ん中に鎮座していることを発見した。天文学者はこれを「超大質量ブラックホール」と呼ぶ

 このような巨大ブラックホールは、次第に私の研究の主要テーマになってきた。というのも、ほとんどの銀河は、その中心にブラックホールを抱え込んでいるように見えるからだ。

 ブラックホールがいったいどこから来たのかは、シミュレーションによって解明されるかもしれない未解決問題の一つだが、その一方で、ブラックホールが何十億年ものあいだ待ち構え、自らを育んだ銀河を突然殺してしまう可能性があることもわかっている

 ブラックホールの直接的な引力は、さほど問題ではない。ブラックホールの重力の影響が大きいのは、近くで見た時だけだ。

 ブラックホールのもっと広い意味での危険性は、強烈な放射線ビームを発射し、親銀河の中心からガスを引きちぎって、次世代の星のために必要な燃料を奪ってしまう点にある(現存する星が衰えるにはまだ何十億年もかかるので、これは、ゆっくりとした死である)。

ブラックホールとワームホール

 銀河とブラックホールの相互作用は、部分的にしか解明されていない。特に超大質量ブラックホールの半径は、親銀河の約五〇〇億分の一しかないため、コンピュータがブラックホールを正しく捉えるのは至難の業だ。この巨大な対比を考えると、ブラックホールを宇宙論スケールのシミュレーションに含める唯一の方法は、星と同じように、サブグリッド規則を設定することだろう。

 あるいは、一時的に銀河のことは忘れ、コンピュータの計算を一つか二つのブラックホールに集中させることもできる。この場合、適切なスケールの特殊なグリッドを描くことができる。

 それでも、このアプローチでは、(アインシュタインの気の遠くなるような重力理論である)一般相対性理論を、コンピュータが扱えるようにするための狡猾なトリックが必要になる。一般相対性理論は検証済みの理論だが、いろいろと奇妙な結果をもたらす。

 たとえば、時間は誰にとっても同じではないし、物質が一点に集まって密度が無限大になるし、ブラックホールには、ワームホールと呼ばれる風変わりな「いとこ」がいて、理論的には宇宙のさまざまな部分を結ぶトンネルになりうるのだ。

(本原稿は、アンドリュー・ポンチェン著『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』〈竹内薫訳〉を編集、抜粋したものです)