ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、タイムズなど各紙で絶賛されているのが『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』(アンドリュー・ポンチェン著、竹内薫訳)だ。ダークマター、銀河の誕生、ブラックホール、マルチバース…。宇宙はあまりにも広大で、最新の理論や重力波望遠鏡による観察だけでは、そのすべてを見通すことはできない。そこに現れた救世主が「シミュレーション」だ。本書では、若き天才宇宙学者がビックバンから現在まで「ぶっとんだ宇宙の全体像」を提示する。「コンピュータシミュレーションで描かれる宇宙の詳細な歴史と科学者たちの奮闘。科学の魅力を伝える圧巻の一冊野村泰紀(理論物理学者・UCバークレー教授)、「この世はシミュレーション?――コンピュータという箱の中に模擬宇宙を精密に創った研究者だからこそ語れる、生々しい最新宇宙観橋本幸士(理論物理学者・京都大学教授)、「自称世界一のヲタク少年が語る全宇宙シミュレーション。綾なす銀河の網目から生命の起源までを司る、宇宙のダークな謎に迫るスリルあふれる物語全卓樹(理論物理学者、『銀河の片隅で科学夜話』著者)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。

「星々の爆発」から核戦争がはじまる…アメリカとソ連を大きく動揺させた「巨大な衝撃波」の正体とは?Photo: Adobe Stock

第二次世界大戦とブラックホール

 第二次世界大戦の勃発により、ブラックホールを理解するための研究は急停止を余儀なくされた。

 オッペンハイマーを含む専門家のほとんどは、さまざまな熱意を持って、マンハッタン核兵器計画に巻き込まれていった(オッペンハイマーは重要人物であったにもかかわらず、多くの同僚よりも兵器開発に対して両義的であったようで、FBIからは大きな疑念の目で見られていた)。

 終戦後、核爆弾の計算や気象予測をおこなうENIACが作られたので、大質量星の運命を決定できたかもしれなかったが、物理学者たちは、今度は、冷戦の始まりと水素爆弾の開発ラッシュに縛られてしまった。

 その結果、大質量星の運命を探るシミュレーションが試みられるまでに、二十年の時が経過した。

 奇妙な運命のいたずらで、核戦争の予感から、星の死を理解することが必要になったのだ。

星の死が核戦争を生む!?

 戦争と宇宙の関係は一九五五年に明らかになった。米国、英国、ソ連が大気圏での水爆実験を開始し、人体への影響が懸念された。

 ローレンス・リバモア国立研究所の核兵器専門家スターリング・コルゲートは、米国務省から核実験禁止条約交渉のコンサルタント役を依頼された。

 コルゲートは、まったく異なる経歴を歩んでいた可能性がある。彼の父と叔父たちは有名な歯磨き粉会社を設立し、急成長を遂げていたのだ。しかし、小さなロスアラモス・ランチ・スクールで学ぶうちに、彼は物理学に興味を持つようになった。

 偶然にも、一九四二年、アメリカ陸軍が核兵器の秘密研究所を設立するために、学校を丸ごと買い取ったのだ。

 コルゲートは異変が起きていることを察知した。

 有名な物理学者たちが、偽名を使いながら、キャンパス内をうろついているのを目撃したのだ。彼らの顔は、学校の教科書に載っている写真ではっきりとわかった。

動揺するソ連の代表団

 そして十年後、彼自身もこのプロジェクトの主要な物理学者となる。コルゲートは条約顧問の立場から、水爆実験を禁止するためには監視と強制力が必要だと考えていた。

 しかし、太陽系のはるか彼方で死にかけた星々が爆発すれば、大気圏上層部に、爆弾とよく似た放射線の閃光が発生するかもしれない。

 このような宇宙の閃光は、本来は爆弾よりもはるかに明るいが、遠大な距離のために暗くなり、宇宙空間で兵器と誤認され、誤った警報が発せられるかもしれない。

 彼がこの懸念を交渉団と共有したとき、「ソ連代表団のあいだには少なからず動揺があった。実際、大きな動揺だった。この考えは彼らを完全に驚かせた」。

 誤解がエスカレートした場合の致命的な結末は、想像を絶するものなので、深宇宙での星の死が、地球上空での爆発とどのように異なるのかを理解することが、きわめて重要になった。

 物理学的な内容が同じであったため、コルゲートは、既存の兵器シミュレーションを再利用するチームを招集した。爆弾の爆発であれ、崩壊する星であれ、彼らのシミュレーションは、同心円状の入れ子になった、想像上の球体として問題を扱った。

 それぞれが他の球体を押しながら、内側または外側にどのように動くかを追跡したのだ。厄介な三次元の問題を完全な球体に変換してしまうこの戦略は、本質的な詳細を見失う危険性をはらんでいたが、軍の強力なコンピュータを利用できたとしても、当時は他に選択肢がなかったのだ。

巨大な衝撃波の正体

 シミュレーションの結果、星が燃料を使い果たしたとき、その中心が崩壊し始めることが示された。

 ここまでは驚くべきことではなかったが、次に何が起きるかは、シミュレーションする星の質量に大きく依存する。もし星が充分に小さければ、原子の真ん中にある原子核が、互いに接触し始め、跳ね返ってくる。まるで小さな箱にビー玉を詰め込み過ぎて、はじき出されるようなものだ。

 巨大な衝撃波が生まれ、星の外層がほぼ光速で外側に押し出されるのだ。そう、「超新星爆発」である。

 コルゲートは宇宙空間での爆発が軍事衛星に拾われるだろうと予測し、そのとおりであることが証明されたが、幸いなことに、正確な信号は、兵器によるものとは著しく異なることが判明した。

 宇宙空間に投げ出された層は、最初は非常に明るく輝き、時間の経過とともに消えてゆくのだ。

(本原稿は、アンドリュー・ポンチェン著『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』〈竹内薫訳〉を編集、抜粋したものです)