ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、タイムズなど各メディアで絶賛されているのが『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』(アンドリュー・ポンチェン著、竹内薫訳)だ。ダークマター、銀河の誕生、ブラックホール、マルチバース…。宇宙はあまりにも広大で、最新の理論や重力波望遠鏡による観察だけでは、そのすべてを見通すことはできない。そこに現れた救世主が「シミュレーション」だ。本書では、若き天才宇宙学者がビックバンから現在まで「ぶっとんだ宇宙論」を提示する。本稿では、東京大学教授の西成活裕氏に本書の魅力を寄稿いただいた。(ダイヤモンド社書籍編集局)

東大教授が「この読後の爽快感は何だろう。宇宙の謎について、科学者はどのように解決しようとしているのか、面白いように理解できる。この高度な内容をほぼ予備知識無しでもスラスラ読めるのは奇跡」と知的興奮を伝える一冊とは?Photo: Adobe Stock

宇宙のミステリーツアーと知的興奮

 この読後の不思議な爽快感は何だろう。誰でも気になる宇宙の謎について、いったい何がその理解の肝になっているか、そして科学者はどのように悩み、どうやって解決しようとしているのか、その本音が面白いように理解できる。この高度なレベルの内容をほぼ予備知識無しでもスラスラ読めるのは奇跡に近いと思う。この爽快感は、きっと宇宙のミステリーツアーを高速で駆け抜けた知的興奮から来るのではないかと思う。

 本書の分かりやすさの大きな理由は、著者の例えの上手さにあると思う。難しい概念は、必ず日常での分かりやすい例が添えられている。例えば宇宙空間に存在する見えない「ダークマター」が本書の主役だが、それをフォンデュ料理のネバネバ感で例えたり、宇宙初期のインフレーションという急膨張の様子は、ガラス職人がガラスを膨らます際の模様の変化で説明するなど、著者の持つイメージが正確に、そして鮮明に伝わってくるのだ。日常で例えようがないと思われる「不確定性原理」についても、カメラのシャッター速度を使ってさりげなく説明しているが、これも脱帽ものだと思うのでぜひ本書を見ていただきたい。

見えない95パーセントが宇宙を占める

 本書のテーマは、まさにタイトルにある通りコンピューターという「箱」の中で宇宙全体をシミュレーションするという、極めて痛快で新しい研究だ。そのために重要となる要素が、我々には見えないダークマターとダークエネルギーである。これらで宇宙の約95%を占めているというから驚きだ。つまり我々が見えている「物質」は宇宙のたった5%にすぎず、これを見えない95%が動かしている、というのが今の宇宙論の考えである。

 にわかに信じがたい話だが、著者ももちろん徹底的に疑いながら慎重に検討していく。この過程が正直に書かれているので、ますます結果に納得感が出てくる。これこそが科学で重要な姿勢であり、「未知の未知」がまだあるのではないか、と常に我々は謙虚でいなければならないのだ。

 もちろん宇宙全体ではなく、地球に絞ってもシミュレーションは難しい。地球シミュレーションは天気予報の重要性もあってかなり研究が進んでいるが、やはり長期予測は難しいのだ。この話題に絡んで、この分野でノーベル賞を受賞した日本の真鍋淑郎先生の活躍もしっかりと本書で紹介されているのは嬉しい。そして地球と宇宙の大きな違いは、先ほど述べた「ダークなもの」が宇宙にはある事だ。

新しい科学の方法

 普通ならば余計に難しくて敬遠してしまうかもしれないが、著者はむしろこれをチャンスだという。分からないので、いろいろとモデルを作ってシミュレーションで調べ、観測と比べる楽しみがあるのだ。シミュレーションは、対象を完璧に模擬するものではなく、対象を理解するためにある、と著者は説く。シミュレーションは現代の新しい科学の方法であり、その可能性は宇宙や地球だけでなく、人体や様々な社会現象などにも広がっている。スケールは違えど、どれも難しく、そして面白い。

 最後に、本書では我々自身も実は未来の人のシミュレーションの中の存在なのか、というSF的なテーマの考察もしている。この結論が気になる人もぜひ本書を見ていただきたい。

西成活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 教授、渋滞学者。工学博士
車、人、インターネットなどの流れに生じる「渋滞学」やビジネスマンから家庭の主婦の生活にある無駄を改善する「無駄学」を専門とする。『渋滞学』(新潮選書)で講談社科学出版賞と日経BP・BizTech図書賞を受賞。その他の著書に『東大の先生! 文系の私に超わかりやすく高校の数学を教えてください!』(かんき出版)などがある。

(本原稿は、アンドリュー・ポンチェン著『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』〈竹内薫訳〉に関連した書き下ろしです)