世の中には「ほんの小さなことに悩み続ける人」がいる一方で、「詐欺に遭って全財産を失っても悩まない人」もいる。この違いは何だろう?
本連載では、ビジネスパーソンから経営者まで数多くの相談を受けている“悩み「解消」のスペシャリスト”、北の達人コーポレーション社長・木下勝寿氏が、悩まない人になるコツを紹介する。
いま「現実のビジネス現場において“根拠なきポジティブ”はただの現実逃避、“鋼のメンタル”とはただの鈍感人間。ビジネス現場での悩み解消法は『思考アルゴリズム』だ」と言い切る木下氏の最新刊『「悩まない人」の考え方 ── 1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』が話題となっている。本稿では、「出来事、仕事、他者の悩みの9割を消し去るスーパー思考フォーマット」という本書から一部を抜粋・編集してお届けする。

Photo: Adobe Stock

ツワモノ社長たちの失敗自慢大会

 成功している社長仲間で会食すると、たいてい「失敗自慢大会」が始まる。
 自分がどんなにひどい失敗をしたかを語り合って楽しむわけだ。

 経営者が集まる場では、まともな人ほど成功自慢はしない。
 会社経営はまさに「上には上がいる」ので、中途半端な自慢話は興醒めだし、私の知人たちはみんなそれなりに成功しているので、うまくいった話をしても盛り上がらないのだ。

 勢いのあるベンチャーや中小規模の上場企業の社長は、基本的に「異常に仕事ができる人」である。
 裏返せば、「仕事“しか”できない、かなり偏った人」も多い。

 そのため、彼らが失敗を語り出すと、とんでもないエピソードが飛び出してくる。

 特に、プレーヤーとしてはものすごく優秀なのに、マネジメント能力が著しく欠落している社長の場合、過去の社員問題などはボロボロである。

「朝、オフィスに行ったら、社員がだれもいなくてね。机に辞表がズラーッと並んでいたんですよ」

 といった話は何度も耳にしたことがある。

 すると別の社長が
「ぼくは40億円の借金をしたんだけど……」
 と笑いながら話し始める。

 さらに負けじと次の人が
「私は横領に遭って会社を潰してしまったことがありまして……」
 と続くわけだ。

 みんな自分の失敗談をとてもうれしそうに話す。
 もちろん、私もその一人だ。

詐欺で全財産を失った話

 本書「はじめに」で触れたとおり、私は起業2年目に全財産を失う詐欺に遭った。33歳のときのことだ。

 私が経営する「北の達人」は、いまでは健康食品や化粧品などを扱っているが、もともとは北海道の特産品をネット経由で販売する会社としてスタートした。

 当時は「ネットでそんなものは売れないよ」と散々言われたが、徐々に売上が立つようになってきた。

 そんななか、120万円ほどで仕入れた商品を180万円でまとめ買いしてくれる業者が現れた。

 アルバイト数人に給料を払うのが精一杯で、自分は給料ゼロの実家暮らし──そんな状況だった私にとって「売上180万円・利益60万円の取引」はかなりおいしい話だった。

 しかし、いざ取引をして約束の入金タイミングがきても、お金が入ってくることはなかった。

 商品はすでに相手に渡してしまっており、モノだけをそのまま持ち逃げされた格好だ。

 あわてて訪ねていった事務所は、とっくにもぬけの殻。入口には「倒産しました」の貼り紙があるだけで、彼らとは直接連絡を取ることもできなかった。

 法律では、株式会社は有限責任なので倒産すると支払い義務がなくなる。
 それを悪用して倒産させる前提でいろいろな商品を仕入れて転売し、現金を手に入れたうえで「計画倒産」させて支払い義務を逃れるという「取り込み詐欺」の手法だ(もちろん違法行為)。

 そして、私の手元には、仕入分の代金120万円の請求書だけが残った。
 奇しくも当時、口座にはちょうど120万円があった。

 それまでの事業でコツコツ稼いできた大切なお金だ。
 これを支払うと残高はゼロになり、私は全財産を失うことになった──

 断っておくと、私だって最初から相手を信じ切っていたわけではない。
 こういう詐欺の手口があることは知っていたし、その被害に遭った人の話もたくさん知っていた。

 だから、最初に話があったときにも取り込み詐欺を疑い、確認のために直接オフィスに足を運んだ。

 現場には年配の人から若手、中年の女性など4、5人の男女がいかにも社員らしく仕事をしていて、担当者もやさしげな人だった。

 それでも私は警戒心を持ち続け、その業者の登記簿謄本も取り寄せたが、社歴も長く実績のある会社だった。

 そうやって石橋を叩いた後で取引を決断したので、「(もしこれで詐欺なら本当のプロだな……)」と考えていたのである。

 そしてフタを開けてみると、彼らは本当にプロの詐欺集団だった。

 思い返してみると、気づけるチャンスがなかったわけではない。
 訪問したオフィスには、やたらとバラバラな種類の商材がたくさん積み上がっており、「(えらい手広くいろいろ手がけてる会社だな……)」と不思議に思っていたのだ。

 取り込み詐欺は、短期的にいろいろな会社から手当たり次第にたくさんの商品を取り寄せ、そのまま持ち逃げする。
 バラバラに置いてあった在庫は、ほかの会社から騙し取った商品だったのだ。

 取り込み詐欺の会社は大阪にあったが、登記簿上の創業地は横浜になっていた。
 業歴は長かったが、事業内容がまったく違っていた。
 要するに、業歴の古いまったく関係ない休眠会社を買い取って隠れ蓑にし、長年の実績がある企業のように見せていたわけだ。
 これもまた詐欺グループの常套手段である。

「過去」は変えられないが、「過去の意味」は変えられる

 ふつうの人は「過去に起きたことは変えられない」と思っている。
 だから、何か悪いことがあると、そのことが頭を離れず、ぐるぐると悩み始めてしまう。

 一方、「悩まない人」は「出来事そのものは変えられなくても、過去に起きた出来事の“意味”はいくらでも変えられる」ことを知っている。

 このときの私も、そうやって出来事の解釈を変えることで、特に悩まずにすんだ。

 自分が詐欺に遭ったとわかったとき、私はもちろん大きく落胆した。

 ようやく事業が安定する兆しが見え、まさにこれからというタイミングに、積み上げてきた全財産が一瞬で消え去ってしまったのだ。

 詐欺師たちが憎くてたまらなかったし、詐欺を見抜けなかった自分にも腹が立った。

 とはいえ、この感情は1時間も持続しなかった。
 それは当時の私がすでに「起きている出来事」と「その解釈」とを切り分ける思考アルゴリズムを持っていたからだろう。

 そして私の脳は、この不愉快な出来事を別の形で解釈し始めたのである。

 知人の起業家たちと話していると、かなりの割合の人が騙されたり裏切られたりするツラい経験をしている。

 大きく成功している人ほど、どこかのタイミングでだれかに手ひどく騙されているのだ。

 ただし、それが起業1年目なのか、売上10億円を超えた年なのか、上場1年目なのか、引退1年前なのかは選べない。
 当然、事業が大きくなってからのほうがダメージは大きくなりやすい。

 そう考えると、最も初期の段階で「わずか120万円」を奪われるだけですんだ私は、かなりラッキーだった。

 手元にあった120万円がなくなっただけで、借金が増えたわけではない。
 もし、事業規模が100倍に成長した段階だったら、1億2000万円を失っていた可能性だってあるのだ。
 その規模だと詐欺被害によって借金を抱えることになっていたかもしれない。

 この段階で「小さな痛手」を経験できた以上、私はもう二度と同じ詐欺に遭うことはないだろう。

 人生の貴重な授業料と考えれば、これはかなり割安だと思うようになったのである。

 いまとなっては詐欺被害の体験は、私にとって「愛すべきエピソード」になっている。

 これによって私も会社も一気に成長できたし、実際、講演の場でも「鉄板トーク」の1つとして使い倒してそこそこウケている。

 120万円を騙し取られたおかげで、その何倍もの額を稼がせてもらったと言っていいくらいだ。

「運がいい人」には「失敗を喜ぶクセ」がある

 私にとっての愛すべき失敗は、これだけではない。
 いま会社がうまくいっているとすれば、それはすべて「思いどおりにいかなかった過去の経験」のおかげである。

 数々の問題や失敗があったからこそ、「こっちは行き止まり」「あっちはやめたほうがよさそう」と軌道修正を繰り返し、いまの位置までたどり着くことができた。

 過去の失敗はすべて、私にとってとんでもなく貴重な宝なのだ。
 前述のとおり「北の達人」は、現在、健康食品や化粧品をメイン商材にしている。

 かつては北海道特産品を扱っていたが、これらには「季節変動が大きい」という弱点があった。

 そのため、注文がピークを迎える12月の繁忙期には、発送や受注処理などのバックヤード対応が追いつかなくなった。
 カニやホタテのような生鮮食品の在庫は保存用の冷凍設備が必要で、梱包にもとても手間がかかる。
 商品を保管したり届けたりするだけでも、かなりのコストがかさんでしまう。

 そして、ある年の年末、業務がパンクして商品が発送できず、機会損失が生まれてしまった。

 私はこれをきっかけに、これらの問題点をすべて書き出した。
 そして、「それを回避できるビジネスの条件」を洗い出した。

 その結果たどり着いたのが、健康食品や化粧品といった現在のラインナップである。

 これらは季節性がなく、在庫管理や流通の効率性もきわめて高い。
 北海道特産品を扱ったときの苦労を経験していなければ、「北の達人」は現在の効率的なビジネスモデルにはたどり着けなかった。
 その意味では「かつての失敗」には感謝してもしきれないのである。

失敗を歓迎する回路と「運がいい人」の特徴

 本書では、「思いどおりにいかない事態=失敗」の受け取り方を変える「10回に1回の法則」を紹介した。

「失敗」を「学び」へ自動変換するこの思考アルゴリズムがインストールされると、目の前の失敗をなんとも思わなくなる。

 さらに、私のように「失敗の積み重ね→成功」というループを経験していると、何か手痛い経験をするたびにむしろ脳がワクワクしだすようになる。

 脳が「どうせこれも将来に役立つネタになるな……」と予測し、自動的に喜びを“先取り”し始めるわけだ。
 頭の中に「失敗を歓迎する回路」が構築されたと言ってもいいだろう。

 この思考アルゴリズムを身につけた人は、もはや災難と成功のあいだに「因果法則」が見えるようになる。

 人生では悪いことが起きるが、それをきっかけとしてなんらかの変化が生まれ、最初の悪いことを上回る「いいこと」が起きるのだ。

 こうなると、もはや絶対的な意味で「悪いこと」は起きなくなる。
 ツラいこと・よくないことが起きるたびに、ごく自然にそれを「いいこと」の予兆として受け取れるようになるからだ。

 すべての出来事が「ラッキー」または「ラッキーの前触れ」に変わってしまう。

 このマインドを身につけた人を「運がいい人」と呼ぶ。

 運のよさとは「ラッキーな出来事」に出合う確率の高さではなく、すべての出来事をラッキーなものとして解釈できるスキルにほかならないのである。

 失敗自慢大会でまわりがあっと驚くしくじりエピソードを披露する社長がいると、私は内心「(どデカい失敗ができてうらやましいなあ……。まだまだ自分は甘ちゃんだな)」という気持ちになる。

 彼らの話を聞いているうちに、自分は大した苦労もなく、いまの場所までたどり着けてしまった気がしてくるのだ。

 そのことを妻にポロッと話すと、「何を言っているの!」とピシャリと言われた。

 妻からすると、私はこれまでものすごい数の失敗をして、とんでもないピンチをくぐり抜けてきたらしい。

 しかし、それを失敗やピンチと思っていないので、出来事そのものを忘れてしまっているだけなのだという。

 たしかに妻の言うとおりなのだろう。
 横で見ている妻はいつもハラハラしているが、私はいつも1ミリも悩んではおらず、心はずっと超然としている。
 それはそれでちょっと申し訳ないなと思う。

(本稿は『「悩まない人」の考え方──1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』の一部を抜粋・編集したものです)