多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「自己開示」をして“嫌われる人”と“好かれる人”の決定的な違いとは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

傾聴しているときに、「自分の気持ち」を伝える

「ユースオブセルフ(自分自身を使う)」という言葉をご存じでしょうか?

 組織開発(組織心理学)の概念なのですが、これが心理療法に端緒をもつ「傾聴」にも、そのままあてはめることが可能だと、私は考えています。

「ユースオブセルフ」とは、ごく簡単に言えば、例えば、傾聴をしているときに、「今、私はドキドキしています。うまく傾聴できているか不安を感じているんです」とか、「あなたの話を聞いていて、私のなかにはこんな感情がわき起こってきました」などと、自分について気づいたことを、相手に伝えることです。一言でいえば「自己開示」。相手の気持ちに耳を傾けるだけではなく、より深いコミュニケーションを実現するために、あえてこちらの気持ちも自己開示する。つまり、「自分を使う(=ユースオブセルフ)」というわけです。

「あなたの話に違和感がある」と伝える

 ところが、心理療法の流派は数百から千に及ぶと言われているのですが、その中でも比較的主流な考え方は、「聴き手は自分のことを伝えてはいけない」「聴き手は自己開示してはならない」というものです。しかし、近代的ないくつかの流派においてはむしろそれを使うべきと考えており、私も、これまでの「傾聴」経験を踏まえて、後者を採用しています。

「今、私はドキドキしています。うまく傾聴できているか不安を感じているんです」とか、「あなたの話を聞いていて、私のなかにはこんな感情がわき起こってきました」と伝えるのみならず、相手の話に違和感があるならば、「あなたの言っていることに私は違和感を感じています。何か落ち着かないのです」などと伝える(ユースオブセルフ)のです。こうすることで、話の内容をさらに深めることができることがあるのです。

「否定」「反論」になってはいけない

 ただし、ここで注意が必要です。

「傾聴」の大原則である「受容(中立的なスタンスで、相手の心情を理解しようと試みる姿勢・態度)」「共感(「あなたはそう感じるのですね」と受け止めること)」を踏み外しては絶対になりません。

 つまり、「ユースオブセルフ」をすることが、「受容」「共感」の逆になる「否定」「反論」になってはなりません。「私はあなたの意見に反対です」「あなたは間違っている」というメッセージは「傾聴」からの逸脱になるからです。

「受容」「共感」するためのプロセスとしての「ユースオブセルフ」

 そうではなく、「受容」「共感」するための途中経過として、自分の感覚を使うのです。

 例えば、「あなたの言っていることに私は違和感を感じています。あなたは『嬉しかった』と言いましたが、どこか悲しそうな表情をされたからです」などと伝えることで、もしかすると、相手は自分の「本心」に気づくかもしれません。

 このように、「ユースオブセルフ」で違和感を伝えることで、相手の「発言」と「本心」にズレがないか確かめるながら「傾聴」を進めることによって、最終的に、相手の「本心」を「受容」し、「共感」することができるかもしれません。つまり、「ユースオブセルフ」が「受容」「共感」のための一つのプロセスであることが大切なのです。

 この点に注意すれば、組織開発(組織心理学)の概念である「ユースオブセルフ」は、「傾聴」において非常に有益なものとなりえます。

 また、近年は、コミュニケーションにおける「自己開示」が有効だという認識が広がっていますが、「自己開示」をすることで相手の話したいことを堰き止めてしまうといった失敗も見聞きします。ここで述べたことを意識することで、より有意義な「自己開示」ができると思いますので、参考にしていただければ幸いです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。