ロビー担当の飯塚さんが、いつものように声をかける。私の銀行には入り口に関所のようなカウンターがある。入店時に用件を聞き、持っているキャッシュカードを受付端末へ挿入することになっている。来店客の属性、金融資産の残高、担当者の有無を確認し、誰が相手をするか見極める。使い道のない預金を投資信託や外貨預金に仕向け、手数料を稼ぐのが本当の狙いだ。

 残高が多いとセールス担当の鼻息が一気に荒くなり、何としてでも成果を挙げたくなる。来店客にとっては迷惑な話だろう。振り込みや税金の納付を済ませてさっさと帰りたいところを引き留められるからである。

スマホ片手にATM操作という
典型的な詐欺被害の行動

「ええ、当たったのよ!オリンピック!」

「は?」

「オリンピックのチケットよ。息子が応募してくれてたの」

「まあ!よかったですね。それはそれは楽しみですね!」

「そうなのよ!その代金、振り込みしに来たのよ」

「振り込み先は分かりますか?お手伝いします」

「それは大丈夫。連絡下さった協会の方が、これから電話くれるの。教わりながらATMで振り込みするの。分からなかったら声かけるわ」

「かしこまりました」

 しばらくすると、女性のスマホが鳴る。約束していた午後1時を少し回ったところだった。事の成り行きを全く理解していないものの、飯塚さんはすかさず女性に注意を向けた。スマホで話しながらATMを操作している高齢者は、銀行の教科書通り「振り込み詐欺に引っかかっている」典型的な事例であることを思い出した。