自分の側に理がないのに
勝つのは「勇気」ではない

「心が動かない」例として、孟子が挙げた最初の1人は北宮黝という人です。この人は刃物を突きつけられても動ぜず、目の前に針を突きつけられてもまばたきをしないように訓練して「動かない心」を養いました。これができるようになると、相手が強者か弱者かで態度を変えないようになる。市井の人から辱めを受けても、大国の君主から辱めを受けても、ためらわずに刺し殺せるような人間になれる。そういうわりと剣呑な「動かない心」の例です。

 もう1人は孟施舎という人です。この人は「勝てそうな場合でも、勝てそうもない場合でも、態度を変えない」ことで動かない心を養いました。これは用兵の心得としては適切です。たしかに、「敵が弱く、味方が強く、勝てる見込みがある時にしか戦わない」というのでは、指揮官として使い物になりません。勝てる見込みがない時にでも、人には戦わなければならないことがあります(そして、勝つことがある)。だから、「必ず勝つ」という保証がなくても、「恐れない」というマインドセットは保持しなければならない。

 北宮黝も孟施舎も、どちらもかなり血なまぐさい例です。この時代における「勇気」というのは、おそらくそういう暴力的なシーンにおいて際立った仕方でその良否が問われる資質だったということなのでしょう。この2人の生々しい暴力の経験を踏まえた「動かない心」を養うことの意義が示された後に、孟子は孔子の「大勇」についての言葉を引用したのでした。