2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

ユーザーすら言語化できていない「真の課題」をどう見つけるのか?Photo: Adobe Stock

高性能化競争が続いていた
大人用のおむつ市場

 トリプル・ダブリュー・ジャパンというスタートアップを例にとって具体的に説明をしていこう。同社は、排泄の悩みや負担を軽減するソリューションであるDFreeの企画・開発を行っている。

 大人用のおむつは、副交感神経や自律神経がうまく作用しなくなり、粗相(尿/便失禁)をしてしまうことから着用するものである。

 しかし、いくつになっても、人間としてトイレに行って用を済ませられなかったことはプライドが傷つくことでもある。これまでは、この「人間の尊厳」という根本的な課題に対するアプローチはなされないままに、「さらに多く! 6回分吸収できる」など、大人用のおむつ市場はひたすら高性能化競争が続いていた(下図)。

 しかし、実際にユーザーに聞いてみると、やはりおむつに用を足してしまうこと自体に嫌悪感を持っていた。そうした思いから、排泄しなくていいように、どんどん食事をしなくなるという高齢者が増えていることもわかった。

 下図の通り、排泄と食事を諦めることで、コミュニケーションが少なくなり、結果として認知症が進むという負のスパイラルに陥ってしまっていたのだ。

 こうした課題に対して、根本的なソリューションは何かを突き詰めていくと、「自力で、自分のタイミングで排泄する」ということに辿り着いた。

「課題の質」を見直したことで生まれた成功事例

 そして、DFreeは「排泄するタイミングが自分でわからない」という問題に対し、センサーで察知できるようにするという解決策(ソリューション)を見出した。下腹部にデバイスをつけることによって、排泄の数分前にナースステーションに通知がいき、介護士の方などが高齢者に対して「トイレに行きましょう」と促すことができる。

 その結果、高齢者の尊厳が守られるだけでなく、おむつ費用を年間数万円削減でき、おむつ替えなどの労働時間の削減につながった。これはおむつの性能競争が続いている中で、「課題の質」の見直しという軸を変えて成功した事例である。

 下図の通り、真の課題は、「おむつへ排泄し尊厳を失っていると感じること」を防げるかどうかだったのだ。

 その後、DFreeはセンサーを小型化し、つけ心地のよいデザインを追求した。現在、多くの人に使われるまでに広がっている(下図)。

非常識な課題設定とソリューション

 DFreeが世の中に出る前は、より高機能の大人用おむつを買い求めていたように、既存ソリューションの中から、所与の機能を比較してユーザーは生活をしている。この事例のように、そもそも本質的な課題にはユーザーすらも気づいていないことが少なくない。一見すると非常識に見えるアイデアが、根本的な課題解決につながっていることが往々にしてある。

 極端なことを言えば、起業家が行おうとしていることが、既存の延長線上であれば、あえてリスクを取ったり、資金調達に挑んだりするよりも、既にその問題に着手している会社に入社して行ったほうが早いだろう(リソースも潤沢で効率的だ)。

 たとえば、「高機能の大人用おむつを作りたい」という思いならば、それに携わる大企業に従事したほうが目的が叶う可能性は高いだろう。

 一見すると突飛な発想だが、そもそも失禁を防ぐようなデバイスを作りたいという発想は、課題を違う次元で設定することでしか解決できない。既存のものの焼き直しではなく、何がまだ解決されていないのか、真の課題を探すことが重要だ。

 DFreeは、下図のように「常識的な」課題設定とソリューションの視点から、「非常識な」課題設定とソリューションの視点に変えることによって達成できた事例である。

起業参謀の視点

 ・自分たちが解こうとしている課題は、従来の軸か、新しい軸か?
 ・従来の軸で、持続的イノベーション型の価値提案になっているか?
 ・新しい軸を設定し、破壊的イノベーション型の価値提案になっているか?

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。