魚にも「心」があるのか?
鏡に映った自分を認識する熱帯魚
さて、本書の著者・幸田正典氏は、ホンソメワケベラという熱帯魚を鏡のある水槽に1匹ずつ入れた。最初は口を大きく開けて鏡を攻撃するが、次第に鏡に向かって、突進したり急停止したり上下逆さになったりと奇妙な行動を取るようになる。
高橋昌一郎 著
この魚に麻酔をかけて、喉の部分に寄生虫に似たマークを付ける。麻酔から覚めた魚を水槽に入れても、とくに変わった様子はない。ところが、水槽に鏡を入れると、この魚は自分の喉を見て、水槽の底にある石に喉を擦り付け、再び鏡の前に戻って、マークが取れたか確認する行動を取ったのである!
本書で最も驚かされたのは、これまでの追試では、若いチンパンジーで約75%、チンパンジー全体で約40%の成功率しかないミラーテストに、ホンソメワケベラが14匹中14匹と100%の成功率を誇っているという点である!
幸田氏は、彼の大発見の論文を『Science』に投稿したが「reject(不受理)」にされてしまった。なぜなら、査読者のギャラップが猛反対したからである。本書には、動物認知研究の最先端で何が起こっているのか、発見の高揚感から研究者の権威主義的な人間性に至るまで、活き活きと描写されている。「魚が自己認知する」という驚愕の発見が哲学的に何を導くのか、考える必要性が出てきた。
ホンソメワケベラという10cmもない小さな熱帯魚が、鏡で自己の顔を覚え、そのイメージに基づいて鏡像自己認知を行っていることが、明らかになった。そのやり方はヒトとほぼ同じなのである。つまり、小さな魚とヒトで、自己認識という高次認知とその過程までもがよく似ていたのだ。こんなことをこれまで誰が予想しただろうか。(247頁)
幸田正典(こうだまさのり)1957年生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。大阪市立大学大学院理学研究科教授。専門は動物生態学・比較認知科学。著書に『魚類生態学の基礎』(共著、恒星社厚生閣)がある。