鏡の中のアイツは誰?オレ?
チンパンジーの自己認識能力

書影『魚にも自分がわかる』(ちくま新書)

『魚にも自分がわかる』(ちくま新書)を読んで筆者はこう思う。

 チンパンジーの目の前に大きな鏡を置くと、どうなるだろうか?

 最初は、鏡に映った姿を他のチンパンジーと勘違いして、威嚇したり、攻撃的な態度を見せたりという「社会行動」を取る。ところが、しばらくすると、鏡に向かって腕を振り回したり、口を開けて中を見たり、股間を覗き込んだりする。

 つまり、チンパンジーは、普段は自分で見ることのできない身体の一部分を鏡に映そうとする。すなわち、自分の行動と鏡像の行動の「随伴性(同調性)」を確認していると想定されるが、それを証明することはできるだろうか?

 1970年、チューレーン大学の心理学者ゴードン・ギャラップは、鏡を見たことのない野生の若いチンパンジーを10日間個室に入れ、80時間にわたって鏡を見せた。このチンパンジーに麻酔をかけて、無味無臭の赤いインクで頬に印を付ける。麻酔から覚めた後の行動は普段と変わらず、とくに印に触れることもなかった。ところが、このチンパンジーに鏡を見せると、指で自分の頬の赤い印に触れ、その指先をじっと見つめて、匂いを嗅いだのである!

 この方法は、今では「鏡像自己認知テスト(MSR:MirrorSelf-RecognitionTest)」あるいは「ミラーテスト」と呼ばれ、動物の「自己認知」を判定する実験方法とみなされている。ギャラップは、雄と雌の野生のチンパンジー14頭で同じ実験を成功させて、その成果を『Science』1970年1月号に発表した。

 その後、さまざまな動物で追試が行われ、ボノボ、オランウータン、アジアゾウ、イルカ、シャチ、カササギなどで成功報告がある。ところが、ギャラップは、それらの追試はサンプル数が少なく、再現性を確認できていないと批判し、「鏡像自己認知ができるのは大型類人猿だけだ」と主張している。