「そんなに寅子ばかりが謝る必要があるだろうか」と思うと同時に、生真面目に謝る寅子に対して、「あまりに善人でいられると感情移入しづらい」と思ったりもした。寅子は法曹家としていわゆる「立派な」仕事をしているが、一方で完璧ではない面も持ち合わせていると描かれている。けれど、自らの地位や実績に奢ることなく愚直に謝る寅子は、やっぱり崇高な精神性を持ち合わせる稀有な人に見えてしまう。

「法の下の平等」を体現した寅子
人々の心を動かした問いかけとは

 ただ、この点については、物語が回を重ねるにつれ、考えが変わった。

 激動の時代を生き抜いた寅子の姿勢を通して、今後の社会において大人が取るべき姿勢を、この朝ドラが改めて示しているように思ったからである。

 すなわちそれは、「相手を地位や年齢で測らないこと」「上の立場にいる者であればなおさら、まず人の話に耳を傾けること」「間違えたら反省し、謝ること」である。まるで学校の授業のようであるが、しかし最近のニュースを少し頭に思い浮かべるだけでも、これができない大人がごまんといることがわかる。

 行政のトップにいる者や国会議員たちが疑惑をはぐらかしたり、「もう答えたじゃないか」と言い張ったりしてその地位に居座り続ける様子を連日のように見せられていたら、「正直者が損をする社会なのだ」と愚痴りたくもなってしまう。モラルデカダンスや冷笑が人を蝕む。

「法の下に平等」の理念を貫く寅子の姿勢が支持されるのは、現代人がみな「法の下に平等」であると思いづらい社会になりつつあることの裏返しであるように感じた。

『虎に翼』は来週いよいよ最終回を迎える。しかし、それ以降もしばらくは語り継がれる朝ドラとなるだろう。寅子が思い描いた未来に私たちはいるだろうかという問いを、『虎に翼』は残していった。