慶應式の場合、一塁に二塁手が入ったこともABCで記録できる。さらに集計も慶應式の方が容易だ。

 では、なぜ早稲田式が慶應式よりも普及したのか?「記録の神様」の1人、宇佐美徹也(1933~2009)は、初期の日本野球でスコアをつけ始めたのが新聞記者で、明治、大正期の新聞記者には早稲田大学出身者が多かったことが原因ではないかと推測している。

 東京六大学が発足した1925年以降、リーグ戦では各大学から派遣された公式記録員がスコアをつけているが、これも早稲田式となった。ただし慶應義塾大だけは今も慶應式のスコアをつけている。

 また、1915年に始まった中等学校野球大会(高校野球の前身)では、朝日新聞、毎日新聞の新聞記者が公式記録をつけて、H(安打)、E(エラー)などの判定もしている。こうした記者も「早稲田式」でスコアをつけている。

プロ野球だけが慶應式を
採用している「ねじれ状態」

 こういう経緯で「早稲田式」が、日本野球に普及した。今ではBFJ(全日本野球協会)に加盟するアマチュア野球団体と独立リーグは「早稲田式」のスコアをつけているが、プロ野球だけは後述する理由で草創期の1936年から「慶應式」を採用して現在に至っている。