気候変動が加速して平均気温が上昇し、自然災害も増加している。森林の大規模伐採が、そのひとつの原因であることを科学的に実証した森林生態学者・スザンヌ・シマードは、アメリカの『TIME』誌で今年「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。彼女の初著書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』が世界でベストセラーになったのも、人々の環境問題に対する危機感の現れだろう。
国連サミットで採択された「2030年までに達成すべき持続可能な開発目標」として企業がSDGsに取り組むことも、社会的責務となっている。しかし実態は、企業のブランディングや資金集めのために「見せかけだけのSDGs」が蔓延し、「SDGsウォッシュ」と批判されている企業も出てきているのが現状だ。そこで、シマードの本をヒントに、企業が信用を失わないためにできることは何か考えてみたい。(文/樺山美夏、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)
人口が減り続ける日本の過剰なモノやサービス
安くて良いモノやサービスが続々と誕生し、私たちの生活がより豊かで便利になっているのは、資本主義経済の土台となる自由競争市場のおかげだ。
自由競争をしている限り、基本的に同業他社はライバルで、他より少しでも良いモノやサービスを売って利益を上げなければ経営は成り立たなくなる。
しかし、少子高齢化で人口が減り続けていく日本で、何千、何万種類ものモノやサービスが必要だろうか? 食べる物も住む家も着る服も、何もかも過剰になれば売れないものが増えていくだけだろう。
コンビニの壁一面を占めるドリンクコーナー、何百世帯もの新築マンションの広告、Amazonの検索画面に並ぶ類似商品を見て、そう思うことがある。
では、自由競争一辺倒ではないビジネスは可能なのか?
その問いに科学的視点でヒントを与えてくれるのが本書だ。
シマードは、森林の樹木が相互に依存、協力し合っていることを科学的に解明。森林の生態系の軸となる古くて大きな樹木「マザーツリー」が、地下の菌類ネットワークを通じて周囲の若い樹木や他の植物に栄養分を分け与えることを発見した。そのネットワークによって、森林全体の健康と多様性が維持されているのだ。
共生と協力が自然界の基本的な仕組みだということは、持続可能なビジネスモデルに置き換えて考えることができる。
環境保護と経済成長を両立する成功要因
利益追求が基本のビジネスの世界でも、サステナビリティはますます重要なテーマとなっている。環境保護と経済成長を両立させるためには、企業経営にも今までとは違った価値観や考え方が必要になる。
たとえば、大手企業はマザーツリーのようにその業界全体に対しリーダーシップを発揮し、持続可能な仕組みを構築する責任があるだろう。業界内で同業他社と競争して利益を追求するだけでなく、逆に連携してサステナブルな製品やサービスを開発する。
あるいは、サプライチェーン全体のエコシステムを構築する。こうしたことも、長期的なビジネスを成功させる要因となる。
また、森林の生態系が、多種多様な木々のネットワークの形成によって維持されているように、ビジネスの世界でも、他業種、他分野の企業との連携が、持続可能な成長を促す効果的な手段になる。
テクノロジー企業が農業分野と協力してスマート農業技術を開発しているケースや、富士フイルムがオープンイノベーションの手法を用いて、化粧品分野で成功したケースはその一例だ。
外部とのネットワークや協力関係は、各企業が単独で達成できる以上の価値を生み出し、社会全体の持続可能性を高めていくことにもつながっていく。
変わりたくても変われない日本企業に欠けている視点
しかし日本企業は、自前主義の閉鎖的な組織が多い。そのため、変わりたくても変われないまま衰退していく企業も少なくない。
2025年2月までに33店舗閉店することを決めたイトーヨーカドーも、「人も街も変化したのに、何も変われなかった」とニュースメディアで報じられ話題になった。
本書でも、売れる木だけ人工的に育てようとする大規模伐採にこだわり続け、森林の生態系に深刻な悪影響を及ぼしている実態が描かれている。本末転倒とはこのことだ。
シマードはその現状に警鐘を鳴らし続けており、古い木を保全して森の多様性を推奨する人も出てきている一方で、今も世界各地で森林伐採が行われている。
自分たちの未来を脅かしてでも目先の利益追求がやめられないのは、自由競争市場の最大のデメリットであり、人に欲望がある限りそう簡単には変わらないかもしれない。
しかし、せめて個々の企業が競争ではなく共創、協力するようになれば、ビジネスに対する考え方も変わるのではないだろうか。
これは、私たちが木々によって救われる可能性についての本である。(P.13)
持続可能な未来を築くために多様なネットワークを構築する上で、木々が情報を共有して支え合っている森林の生態系を明らかにした本書は数多くのヒントを与えてくれるに違いない。