地球温暖化と、それに伴う災害の増加が止まらない。人類の経済活動が地球環境に大きな影響を与える時代。現代は地質学的に「人新世」と呼び得る新たな年代に突入している──。そんな認識の下、晩期マルクスの思想を下敷きに「脱資本主義」「脱成長」を訴え、注目を集める論客が大阪市立大学大学院経済学研究科准教授の斎藤幸平氏だ。著書『人新世の「資本論」』における論点を中心に、三菱総合研究所先進技術センター センター長の関根秀真氏が、地球規模の課題に向き合う方法論を聞いた。(聞き手/三菱総合研究所先進技術センター センター長 関根秀真氏 構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)
社会の潤沢さのカギを握る「コモン」
関根 斎藤先生は、気候変動や格差といった地球規模の危機に対する解決策として、「脱成長」を強く主張されています。
斎藤幸平[著]
斎藤 先進資本主義国家はこれまで、経済成長を前提としたグローバル化の名の下に、地球のフロンティアをどんどん切り開いてきました。そして、途上国の食料や資源だけでなく、人間も安い労働力として利用し尽くし、自国の繁栄の基盤にしてきました。しかし、もはや開発は行き着くところまで行き着き、地球上に新たなフロンティアは残されていません。それが先進国の低成長の原因になっています。
乱開発のツケは、いよいよ先進国にも回ってきています。日本でも、海外で安い労働力が調達できなくなったことで従業員の非正規雇用化がどんどん進み、格差が拡大しています。また、気候変動に端を発した災害は世界中で猛威を振るっています。資本主義の負の側面を途上国に押し付けられなくなった時代。それが地球を人類の経済活動が覆い尽くした時代、「人新世(ひとしんせい)」なのです。
関根 SDGsを「大衆のアヘン」と批判されていたのも強烈でした。
斎藤 環境問題がマイバッグやマイボトルのような小手先の対策で解決しないことは身もふたもない現実です。ましてや大量生産、大量消費のビジネスモデルを手放そうとしない大企業がSDGsを標ぼうするのは、悪質なアリバイづくりにすぎません。資本主義と経済成長にブレーキをかけない限り、抜本的な解決はできないと私は考えています。
その際、『人新世の「資本論」』で再評価したのが、カール・マルクスが主張した「コミュニズム」です。といっても旧ソ連や中国のような強権的な独裁国家を目指そうというのではもちろんありません。一部の富裕層が独占している富を解放し、人々の生活に必要不可欠な教育、医療、交通、電力などのインフラ、水、農地や森林といった自然資源を「コモン(社会の公共財)」として市民の手に取り戻そう、といっているのです。今は商品化されてしまっているコモンが誰にでも十分に行き渡る社会が実現できれば、今ほど必死に働かなくてもよくなります。その結果、物質的には今よりつましくなったとしても、家族のだんらん、読書、スポーツ、芸術、ボランティアなどに費やす時間は増え、社会の「潤沢さ」はむしろ増えると考えています。