コンセプトとは何か、PRとはどんな仕事か――。ベストセラー『コンセプトの教科書』の著者で、株式会社TBWA\HAKUHODO チーフ・クリエイティブ・オフィサーの細田高広氏が、博報堂執行役員で、博報堂ケトル取締役の嶋浩一郎氏と対談を行った。嶋氏は、最新刊『「あたりまえ」のつくり方 ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)を2024年9月に上梓したばかり。博報堂の先輩・後輩という関係の2人が、たっぷり2時間超、広告・PRの仕事について語り合った。第5回では、近年顕著なジェンダーロールのあたりまえの変化から、ビジネス成功のカギとなる「欲望のスイッチの押し方」を紐解いていく。(第5回/全6回)(進行/NewsPicksパブリッシング・中島洋一、ダイヤモンド社・宮崎桃子 構成/水沢環)

【広告の大失敗】「スーツケース」と「電気自動車」に共通する、ある見落としとは?Photo: Adobe Stock

――近年変化が起きている「あたりまえ」として、ジェンダーロールも挙げられると思います。たとえば、「料理は女性がするものだ」とか「男は運転が上手なものだ」といった価値観は古いものになりつつあります。そのあたりについてはいかがでしょうか?

【広告の大失敗】「スーツケース」と「電気自動車」に共通する、ある見落としとは?コンセプトの教科書 あたらしい価値のつくりかた(ダイヤモンド社)

細田高広(以下、細田):それに関しては、最近知って驚いたことがあって、スーツケースに車輪が付いたのってわりと最近のことらしいんです。車輪自体は何千年も前から使われていたのに。
 なぜスーツケースに車輪がつかなかったかと言うと、「男は重いものを持ち上げるものだ」という固定観念があったから。持ちやすい取っ手のイノベーションはたくさんあったのに、車輪をつけるという発想だけはなかなか生まれなかったんです。
 しかも、最初に車輪を付けたスーツケースが発売されたときの広告には、女性が使われた。それで「車輪がついた鞄は女性が使うものだ。俺たちの商品じゃない」となってしまって、スーツケースの普及はかなり遅くなったんだそうです。

嶋浩一郎(以下、嶋):そんなふうに、開発者が「こういう人が使うものだ」「こういう使い方だ」と思い込んでいた商品が、ユーザーの手で新しい可能性を見せていくって例はいろいろあるよね。
 たとえば、ティッシュも、もともとは化粧を落とすために開発されたんだけど、「鼻かむほうがいいじゃん!」となって今では鼻をかむティッシュと思われてる、とか。Zoomも、会議のために開発されたけど、今は合コンにも同窓会にも使われてたり。

細田:そうですよね。僕はこの話を知って初めて、「チームにダイバーシティが必要な理由」がピンと来たんですよ。正しさや公平さの話としてではなく。
 実は電気自動車にも似たようなエピソードがあるんです。ガソリン車と電気自動車って同時期に開発されていたんだけど、電気自動車は圧倒的に航続距離が短かったんです。そのことから「電気自動車は行動範囲が狭い女性たちのもの」という固定観念が生まれた。反対に「男は油まみれになっても遠くに行きたいんだ!」と。それで、ガソリン車が主流になっていったんです。
 自動車王と言われたあのヘンリー・フォードも、奥さんには電気自動車を買っていたらしいですよ。

【広告の大失敗】「スーツケース」と「電気自動車」に共通する、ある見落としとは?「あたりまえ」のつくり方 ――ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書(NewsPicksパブリッシング)

――へえ! そうだったんですね。

細田:スーツケースに車輪がつかなかったのも、電気自動車が普及しなかったのも、要するに「チームに女性がいなかったから」なんですよね。「男はこう、女はこう」という発想があって、つくっているチームが男ばっかりだったから、「これは女もんだろう」となっちゃったわけです。
 チームに男女が存在して対等に議論できていたら、ひょっとしたら、何かしら違う運命が待っていたかもしれない。そう思うと、新しいあたりまえをつくろうとしたときには、ダイバーシティのあるミックスされたチームでないと難しいんじゃないかな、と思うようになりました。

――これからは組織論でも、そういう「新しいあたりまえ」の概念が広がっていくかもしれませんね。

嶋:ジェンダーの問題で言うと、ブリヂストンと雑誌『VERY』がコラボしてつくったママチャリ「ハイディ」は、男性の子育て参画に一役買った、すごく良い例だと思いますね。水野学さんがデザインしているんだけど、女性が乗っても男性が乗ってもかっこいいデザインで、とくに男性が乗ると「子育てしてる男」としてセンスがよく見える感じがあるんですよ。

「新しいあたりまえ」をつくるときのスイッチの入れ方って、左脳的に理屈として「こっちのほうが世の中的にいいですよね」と訴えることも大事だけど、ハイディみたいに「こっちのほうがかっこいい」「こっちのデザインがいい」みたいな右脳的なスイッチを意識するのもすごく大事だと思います。

細田:たしかにそうですね。その点で言うと、電気自動車のテスラはそれがすごく上手でしたよね。新しい電気自動車だけのブランドをつくるときに、普通なら左脳的に「環境に優しい車です」「家族のためのファミリーカーです」となりそうなところを、「全部スポーツカーでかっこいい電気自動車にします!」とつくったわけですから。

 テスラの車には、「ルーディクラス・モード」という加速モードがあって、そのモードにしてアクセルを踏み込むと、わずか数秒で時速100キロまで、ジェットコースター並みに加速するんです。これを初体験した人が「うわーっ!」と驚いているムービーがバイラル(拡散)して、テスラの名前が一気に広がっていきました。

――まさに右脳的なスイッチを押したわけですね。

細田:そう。本当にみんなが電気自動車に乗るようにするために、真っ先に電気自動車に乗せるべきは、今ぶんぶんエンジンを吹かせて排ガスを垂れ流している「車好き」たちなんですよ。その人たちに「この車まじかっこいい!」と言わせないといけない。だから、自動車業界では「テスラはエコカーじゃなくて、『エゴカー』をつくっている」と言われることもあるんです。

――電気自動車=エコの車、じゃなくて、エゴの世界で「かっこいい」と思われるようにしていくことが勝ち筋だ、と。おもしろいですね。

細田:そもそもクリエイティブにできるいちばん大切な仕事は、未来を「desirable」にすることではないかと思うんです。望ましい変化に、人間の欲望を与えていくということです。みんな頭では、「地球環境に良いほうがいい」「生物多様性が守れるほうがいい」「ジェンダー平等が守られたほうがいい」って分かっているじゃないですか。でも、行動は理屈だけでは制御できません。人は結局、欲望で動く。だから、クリエイティブの力で、望ましい方向の未来に欲望を与えていく。それができているブランドが成功を掴んでいるんじゃないかなと思います。

嶋:新しいあたりまえを浸透させるためには、その「欲望のスイッチ」の押し方ってすごく重要だよね。もしくは、そういう新しいあたりまえの波にいち早く乗ってビジネス開発ができたらいいんじゃないかな。

細田:技術が良かったりしても、あまり世間に広がらないモノって、たぶんそこの欲望が足りないんでしょうね。

 たとえば、チョコザップはみんなの欲望を上手くついて、「それでもいいんだよ」を形にした好例ですよね。「着替えなくてもいいんだよ」「ネイルしにきてもいいんだよ」「ついでに運動するくらいでも運動だよ、良い習慣なんだよ」みたいなメッセージが、そのままビジネスモデルになっている。

嶋:たしかに、そういう全面肯定は大事かもしれないね。

細田:はい。みんながうっすら感じている「それもありだよね」という欲望を上手く形にしてあげるのも、今のビジネスにおける勝機のひとつかもしれません。

第6回へ続く(12月13日予定)
第1回は「バイト中でも、座ってよくない?」。そんなモヤモヤから生まれた新サービスは何?
第2回は【知らないと恥ずかしい】「広告」と「PR」の違い、簡単に説明できる?
第3回は「離乳食を配ると独身女性の居場所がなくなる!?」スープストックが炎上を回避した、驚きの方法とは?
第4回は【令和ではNG?】「超えろ!」「塗り替えろ!」命令形の広告が劇的に減ったワケとは?