実は、もっとも顕著に表れるのが知力の衰えである。この段階になると、事業責任者との会話において、事業そのものをどのようにするかについての議論ができなくなり、それぞれの事業を全体としてどう統合していくか、経営レベルの全体最適の視点からしか個々の事業が見られなくなってくる。
また、だんだん次の時代のビジネスのイメージや自社のとるべき位置なども分からなくなってくる。とはいっても、責任感があれば、そうした知見がある人物を重要なポジションに配置するなどの方法で、十分に職責を果たすことができる。このような状態であれば、十分に許容範囲内であり、消費期限内であるといえる。
現在のように地政学的リスクや為替リスクなど、経営をとりまく環境が大きく変わり、さらにはAIなどの新技術によって、過去の成功パターンがまるで通用しなくなりつつある時代にあっては、空間的な視点のピント合わせと時代的変化の洞察は、旧世代の経営トップには難しいものになってきている。
その意味では、過去のビジネスパラダイムにおける熟達者である経営トップのほぼ全員が、まさに消費期限切れを迎えつつあるといえるだろう。
ただ、業績や組織の状態はまだ健全であり、外部が辞めろ!というプレッシャーをかける状況にはない。またこういった責任感のある経営トップは自分でもよく勉強するので、流行の生成AIなどについてもそれらしい話をすることができる。
問題はいかにも「それっぽく」は話せるものの、本当の意味で腹落ちしていないということだけである。この消費期限切れの段階においても、経営トップが自ら辞めることはないし、外部から物言いがついて、辞めさせられることもほとんどない。
ただし、本来は、組織に害を与える可能性が高くなる消費期限切れの段階こそが、退任してもらうにふさわしい時期だと考えられる。すぐれた指名委員会を持つ企業で、かつすぐれた自己認識を持つ経営トップはここで退任を決意し、新しいトップを迎えようとする。