【老後】「まもなく自分は死ぬ」と悟った人間は、何を思うのか?
世界的名著『存在と時間』を著したマルティン・ハイデガーの哲学をストーリー仕立てで解説した『あした死ぬ幸福の王子』が発売されます。ハイデガーが唱える「死の先駆的覚悟(死を自覚したとき、はじめて人は自分の人生を生きることができる)」に焦点をあて、私たちに「人生とは何か?」を問いかけます。なぜ幸せを実感できないのか、なぜ不安に襲われるのか、なぜ生きる意味を見いだせないのか。本連載は、同書から抜粋する形で、ハイデガー哲学のエッセンスを紹介するものです。
今までの人生に後悔はありませんか?
【あらすじ】
本書の舞台は中世ヨーロッパ。傲慢な王子は、ある日サソリに刺され、余命幾ばくかの身に。絶望した王子は死の恐怖に耐えられず、自ら命を絶とうとします。そこに謎の老人が現れ、こう告げます。
「自分の死期を知らされるなんて、おまえはとてつもなく幸福なやつだ」
ハイデガー哲学を学んだ王子は、「残された時間」をどう過ごすのでしょうか?
【本編】
「死」がもたらす思いがけない贈り物とは?
「ハイデガーは死という事象について分析し、それには5つの特徴があると述べている。それは―
①確実性(必ず死ぬ)
②無規定性(いつ死ぬかわからない)
③追い越し不可性(死んだら終わり)
④没交渉性(死ねば無関係)
⑤固有性(死は代理不可能)
この5つだ。これを聞いて、どう思ったかな?」
「どれも反論しがたく、死について間違いのない特徴のように思えます。ですが、一方で、死がいかに絶望的なものかをこれでもかと思い知らされた感じです。こんなことをハイデガーは分析していったい何がしたかったのでしょうか?」
「ほう、この分析が救いがない話に聞こえたわけだな」
「そうですよ。この話のどこに救いがあるのですか!?」
「ふむ、では思い出してほしい。おまえは死が怖いと言っていたが、その原因は、おまえが交換可能な道具として人生を生きていること―すなわち、おまえの道具性にある、という話をしたな。ではここで、④と⑤に注目しよう。これらがあるとき、おまえの道具性は成立するだろうか?」
「④と⑤……。死ねば無関係……死は代理不可能……」
「『死ねば無関係』のほうからいこうか。まず話の前提として、以前、道具体系のネットワークの図を描いたのを覚えているだろうか。この世にあるものはすべて道具として現れており、それらは相互に関係性を持っている。たとえば、板←→クギ←→ハンマー、といった具合にだ。このように、それぞれの道具は必ず他の道具との関係性によって成り立っており、他の道具と関係しない『単独の道具』というものは存在できない。
さて、おまえはこの世に生まれて気がついたときには、すでに道具体系の中に投げ込まれており、いつの間にか自分自身を道具だと思い込むようになっていたわけだが、死はその呪縛からおまえを解き放ってくれる。というのは、死が、関係性の糸を断ち切ってくれるからだ」