過去20年にわたる社会インフラ整備と巧みなマーケティング戦略の展開によって、順調に人口を増やし、人口構成の若返りを実現してきた流山市だが、今後は世代交代に伴う住宅相続が増える見込みだ。全国からの転入者を増やすと同時に、市民が住み続けたいと思う街づくりに向け、ブランディングの強化に余念がない。
※本稿は、百戦錬磨のマーケターから本当に大切なことを学べるオンライン勉強会「マーケリアルサロン」<ファシリテーターはインサイトフォース取締役の山口義宏氏。ダイヤモンド社主催>で、2024年3月に井崎義治氏が語った内容を要約・編集したものです。(構成:田原寛)
都市マーケティングからブランディングへ
流山市長
東京都杉並区生まれ。1976年立正大学卒。85年サンフランシスコ州立大学大学院人間環境研究科修士課程修了(地理学専攻)。89年、12年間の在米生活から帰国後、流山市在住。81年からJefferson Associates Inc.、83年からQuadrant Consultants Inc.、88年から住信基礎研究所、91年からエース総合研究所に勤務。2003年より流山市長(現任)。千葉県市長会長(21年2月~現任)、全国市長会副会長(24年6月~現在)、全国市長会 関東支部長(23年5月~24年5月)、千葉県後期高齢者医療広域連合長(21年2月~現在)、千葉県市町村振興協会理事長(21年3月~ 現在)、千葉県公立学校施設整備期成会会長(21年6月~ 現在)。
流山市では二大危機を乗り越えるマーケティング戦略を展開してきましたが(詳細は前編)、これから15年ぐらい先までは住宅の相続が増える見込みです。何も手を打たなければ、空き家問題が顕在化する可能性があります。そこで今、流山市に住みたい人を全国から集めると同時に、コミュニティと地域経済の持続可能性を高めるためのブランディングに注力しています。
柱は四つあり、一つ目は都心等への交通利便性です。つくばエクスプレス(TX)は現在、東京都心の秋葉原駅と茨城県のつくば駅を結ぶ単独路線ですが、本来は秋葉原止まりではなく、東京駅まで延伸する計画でした。さらに、東京都は東京駅から臨海部へ向かう臨海地域地下鉄を計画しており、将来的にはTXと接続する構想があります。これが実現すると、TXと東京駅、臨海地域が直結し、流山から銀座まで25分くらいで行けるようになります。これを実現できるように、沿線自治体と一緒に全力を挙げているところです。
二つ目は、緑豊かな良質な住環境です。前編で述べたように、流山市では各種の制度や条例を定めて、「緑を増やす開発」に注力してきました。例えば、2006年に始めたグリーンチェーン認定制度では、企業が主導する開発案件を対象に、共通の緑化基準を満たした案件に対して市が認定証を出しています。接道部に高木を植える、敷地内の風通しを良くする、道路と敷地の境界に生垣状の植栽を行うなど7つの指標があり、23年度末までの累計認定件数は戸建て653戸、集合住宅8100戸、商業施設・その他が484戸の合計9000戸余りとなっています(図表3)。
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グリーンチェーン認定を受けた物件は資産価値が高まることが確認されており、例えば、中古分譲マンションの場合、グリーンチェーン認定されているものとそうでないものでは、約494万円の価格差があります。これは15年時点での調査ですので、現在はさらに価格差が広がっているはずです。
開発事業の認可基準等に関する条例では、宅地造成の区画を広くして、良質な住環境の開発へ誘導しています。人口減少時代は量より質が重要だからです。戸建て住宅地の隣に高層マンションが建設されることがないよう、高さ制限もきめ細かく導入しています。
マンションの開発事業者には、間取りのバリエーションを増やしてほしいと要望しています。例えば、300戸のマンションが似たような間取りばかりだと入居者の世代が偏りますから、大きめの部屋から小さめの部屋まで専有面積に幅を持たせてもらうようにお願いしています。そうすることで、子どもが増えたら大きめの部屋や戸建てに移り、空いた部屋に新たな世帯が引っ越して来るといったように、市内での住み替えと転入者の受け入れがスムーズにいくように配慮しています。
9割以上の市民が「これからも流山に住み続けたい」
ブランディング戦略の三つ目が、快適で楽しい都市環境です。先ほども触れましたが、住民に限らず広域から集まった人たちが楽しめる各種のイベントを積極的に開催しています。その一つである(個人宅の庭を見学のために開放する)オープンガーデンは5月に開催していますが、コロナ禍前には3日間で約2万人が集まりました。
「子どものそばで働ける街づくり」も進めていて、企業が流山市内で大規模施設を開設する場合は、保育所を併設していただくようお願いしています。最近の例ですと、高速道路のインターチェンジ近くにできた大型物流センター2カ所で、保育所が設置されました。また、女性向け創業スクールを開催したり、シェアキッチンとシェアオフィスの機能を持つ「AZ Cafe」(アズカフェ)を開設したりと、起業支援も行っています。
そして、四つ目はブランディング戦略のKPI(重要業績評価指標)です。KPIはいくつかあり、一つはメディア取材の件数です。少子高齢化の時代に人口が増え、若い世代も増加しているということで、最近では国内ばかりでなく海外からの取材も増えています。流山の魅力を発信するいい機会なので、そうした取材は積極的に受け入れています。今は年間で海外も含め約100件の取材を受けています。
選択市民比率というKPIもあります。これは、転入者のうち流山市のみを居住地として検討した人の割合です。転入者アンケートによると、13年の選択市民比率は40%ほどでしたが、20年以降は60%台で推移しています。
ブランディングの指標としては知名度が分かりやすいと思いますが、私たちは地域イメージも大事にしていて、「知名度×地域イメージ」でブランド価値が決まると考えています(図表4)。知名度があっても、地域イメージが悪いと、その街に住みたいと思う人は増えません。2000年頃の流山市は知名度が低かったため、地域イメージはプラスでもマイナスでもありませんでした。知らないから、イメージが湧かない街だったのです。20年には知名度も地域イメージもプラスに転じたものと考えています。さらに10年後にはプラスの幅をもっと大きくして、全国からの転入者を増やしたいと思っています。
流山市では、「まちづくり達成度アンケート」を毎年実施しています。05年度と22年度の結果を比較すると、「これからも流山市に住み続けたいと思う」市民の割合は67.7%から91.2%に、「流山市は住み心地が良いまちであると思う」割合は67.7%から89.6%に高まっています。「流山市の行政について信頼している」と回答した市民は、09年度の46.5%から22年度は78.5%に増えました。
日本の総人口が減る中で、今から10年度には流山市の定住人口の増加ペースは今よりも落ちると思いますが、交流人口はさらに増やせると思います。流山の明るい未来を切り拓くためのブランディングと仕組みづくりに今後も取り組んでいきます。