このケースでは、生前贈与も有効です。自宅兼店舗は築年数が古く、資産価値は500万円とあまり高くありません。このため、贈与税はそれほど高くないのです。
一郎は生前のうちに、「正夫に自宅兼店舗を贈与するとともに、特別受益の持ち戻しを免除する」という趣旨の遺言を書くという手もありました。「特別受益の持ち戻し」とは、特別に受けた利益を相続財産に加えて計算し直すことです。このような遺言があれば残る財産である預貯金100万円を欲夫と正夫で分けるだけとなり、もめなかった可能性が高いでしょう。
個人事業主の相続は
預金口座の凍結に注意
個人事業主の相続でよく問題になるのが、預金口座の凍結です。銀行は、亡くなったことを把握するとその人の口座を凍結します。すると、口座からお金を引き出せなくなり、従業員の給与や仕入れ代金の支払いに困ることがあるのです。実際、相続人による遺産分割協議がまとまるまでは、後継者が自分の財産で立て替えなければならないというケースもよくあります。
澤井修司 著
こうした事態を防ぐためには、生命保険が有効です。生命保険の死亡保険金は、受取人が書類を用意すれば、一般的には1週間ほどで受け取ることができます。死亡保険金は受取人の固有の財産となりますから、経営者であれば当面の経営資金の確保にもなりますし、葬儀費用や納税資金などに活用することもできます。
橋本則彦税理士は、「相続は親との別れであると同時に、兄弟の別れでもあります。親が生きているから兄弟なのであって、親が亡くなると兄弟が徐々に他人になっていくのです」と指摘します。わかりやすいのが、従兄弟との関係です。祖父母が健在のときは、祖父母の家に親族が集まることがあり、従兄弟同士の交流があるものですが、祖父母が亡くなると、従兄弟同士が急速に疎遠になっていくのです。兄弟の関係も、これと同じようなものです。
親は、兄弟にずっと仲良くしてほしいと願っていることでしょう。しかし現実を考えると、財産を残す側は、自分が亡くなったあとは子どもたちが他人になってしまうことを想定して、相続対策を考えたほうがいいかもしれません。