誰しも際限なく湧き出てしまう「もっと」の欲望。その欲にとらわれないためのひとつの方法にセイバリング(味わうこと)があるという。その効果について、クリス・ベイリー著、児島修訳『CALM YOUR MIND 心を平穏にして生産性を高める方法』(朝日新聞出版)より一部を抜粋・編集してお送りする。
女性のほうが高い
“味わう”能力
モア・マインドセット(編集部注/どんな状況でも、どんな犠牲を払っても「もっと」を求めようと僕たちを駆り立てる態度のこと)を乗り越えるための効果的な方法には、「味わう」ことに意識を向けるというのもある。
これは、脳のドーパミン・ネットワークを鎮静化し、心を穏やかにするヒア・アンド・ナウ・ネットワークにシフトさせることだ。
僕が初対面の相手によく聞く質問は、「普段の生活で、一番満喫していることは何ですか?」だ。何十人にも質問をしたが、答えられない人が多いのに驚いた。これは特に男性に当てはまる。研究でも、女性は「味わいの能力」が高いことが知られている。この性差は「子どもから高齢者まで、文化の違いを超えて見られる」という。
同じく、これは成功者にもよく当てはまる。彼らはこの質問をされると、唖然として言葉を失い、なかなか考えをまとめられない(「裕福な人ほど人生の経験を味わう能力が低下しやすい」ことを示した研究がある。この研究を実施した研究者らは、「富は、一般的に期待されているような幸福をもたらせないのかもしれない」と述べている)。
誰もが、何を味わうかという問いへの答えを必要としている。さらにいえば、いくつもの答えが必要だ。
セイバリングは
今この瞬間を楽しむ方法
ドーパミンを中心とした生活が始まる前の、テクノロジーがこれほど氾濫していなかった時代には、人はこの質問に今ほどためらわずに答えられていたはずだ。真夏に避暑地の貸別荘で休暇を満喫したとか、飛行機で隣の座席の人と意気投合して話に花を咲かせたとか、大家族で賑やかな夕食を堪能したとか。キッチン・テーブルでのボードゲームも、家族での長いドライブ旅行での言葉遊びも、朝のコーヒーの豊かな香りも、ゆっくりと味わえた。
ドーパミンに突き動かされている人は、ビリー・ジョエルの『ウィーン』の歌詞に出てくる、「電話を切ってしばらく姿を消す」ようなことはめったにしない。物事を深く味わうことが不思議なほど難しいと感じ、人生の最も美しい瞬間を急いで通り抜けようとする(たとえ、それに気づいたとしても)。