半導体の重要性は近年増すばかりですが、大量の半導体を必要とする生成AIの普及により、政治的にも経済的にも一層の注目を集めることになりました。今や一個人にとっても、半導体についての知識はビジネスや投資で成功するために欠かせないものとなっています。
この連載では、今年1月に新たに発売された『新・半導体産業のすべて』の一部を抜粋・編集し、【3分でわかる世界の半導体企業】として紹介していきます。今回は、世界最大のファウンドリー企業となったTSMCとその戦略を解説します。
最先端プロセスの開発と生産はあくまで台湾国内で
売上高 2兆6000億新台湾ドル(2023年)
従業員 6万5000名強
TSMCは1987年にモリス・チャン(Morris Chang)によって設立された世界最大のファウンドリー企業で、本社は台湾の新竹市にあります。TSMCは設立からわずか三十数年で半導体トップとなり、時価総額で世界13位に成長しています。
同社は先端ロジック半導体の実に75%を製造・供給していて、台湾という地政学的位置から、米中覇権争いの中で最重要物資としての半導体を巡り注目を集めています。
筆者が感じているのは、同社の成功の裏には、創業者モリス・チャンによる考え抜かれた戦略と戦術があったことです。つまり、TSMCがファウンドリーとしての生産技術、生産システムのあるべき姿を徹底的に追求してきたことと、もう一つはPDK(プロセスデザインキット)をオープン化することで、「自社への生産委託を囲い込んだ」ことがあげられます。
TSMCは日本(熊本工場JASM)では2024年内にFinFETで22/28nm、12/16nmプロセスでロジックの生産を開始する予定でした。さらに6/7nmプロセスで2027年に稼働予定の第2工場もアナウンスされていて、3兆円超の投資のうち半分は日本政府の補助です。
またドイツ・ドレスデンにインフィニオン、NXP、ボッシュとの合弁会社ESMCの22nm FinFETプロセス工場の起工式を2024年8月に行ないましたが、この工場には総額100億ユーロ(約1兆6000億円)の投資と、ドイツ政府が50億ユーロの支援を行なう予定です。
さらにアメリカ政府からの66億ドル以上の支援のもと、アリゾナ州フェニックスに3工場を建設予定ですが、4nmプロセスの第1工場建設が遅れていて、生産開始が当初の2024年から26年にずれ込む見込みです。
これらからもわかるように、TSMCは最先端プロセスの開発と生産はあくまで台湾国内に維持しながら、各国の支援金を活用して少し古いプロセスはアメリカで、さらに遅れたプロセスは日本やヨーロッパで行ない、そのレベルを少しずつ上げていく戦略をとっているようです。
さらにTSMCはチップの積層化技術やアセンブリ技術、チップレット技術にも長けていて、HPC(高性能コンピューティング)や生成AI向けのHBM(広帯域メモリとしての積層DRAM)開発のための大手メモリ各社とのつながりを強化しています。
1944年樺太生まれ。東京大学工学部物理工学科を卒業。日本電気(株)に入社以来、一貫して半導体関係業務に従事。半導体デバイスとプロセスの開発と生産技術を経験後、同社半導体事業グループの統括部長、主席技師長を歴任。(社)日本半導体製造装置協会専務理事を経て、2007年8月から(株)半導体エネルギー研究所顧問。2024年7月から内外テック(株)顧問。著書に『入門ビジュアルテクノロジー 最新 半導体のすべて』『図解でわかる 電子回路』『プロ技術者になる! エンジニアの勉強法』(日本実業出版社)、『半導体・ICのすべて』(電波新聞社)、『「電気」のキホン』『「半導体」のキホン』『IoTを支える技術』(SBクリエイティブ)、『史上最強図解 これならわかる!電子回路』(ナツメ社)、『半導体工場のすべて』(ダイヤモンド社)など多数。