ただ、それだけではもったいないというのが私の本心です。せっかくの知識を生かして、人とのコミュニケーションを豊かにしたり、仕事を効率的に進めたりする。そうした発展的な在り方こそ、暗記や記憶の本質的な価値だと私は考えているからです。
世の中には、ものすごく知識が豊富なのにもかかわらず、説明をしてもらうと、非常にわかりにくい人がいます。やたらと専門用語が多かったり、表現が難解で、話を聞いていてもよく理解できない。
話の説明がわかりにくいのは、第一に相手のことを思いやって話をしていないからだと思います。同じことを説明するのでも、専門家同士が使う言葉と、小学生に説明するときの言葉は当然違った説明の仕方になります。
そうした話し方の使い分けや配慮がなされないとすれば、それは発展的な暗記や記憶ができていないということになります。
ある特定の分野のマニアやオタクと呼ばれるような人たちと話をすると、自分の知識を一方的にバーッと語られることがあります。本人は実に楽しそうで満足げです。
でも、マニアックすぎて話の内容がよくわからし、まったくおもしろいと感じない。せっかく豊富な知識があるのに、非常にもったいないことです。
そうした人たちは、表現はよくありませんが、単なる暗記だけの残念な人といってもいいかもしれません。
それに対して、暗記を有効に活用できる賢い人もいます。相手の関心のあるジャンルのことを例え話に入れるなどして、相手の知りたいことをわかりやすく説明できる人です。
クイズ王こと伊沢拓司さんは、知識量もさることながら、解説も的確でわかりやすい。おまけにビジネスまで立ち上げていますから、知識を様々な方向に有効に活用されている典型的な人物です。
AIやGoogleを「知識の引き出し」に
する人が知らぬ間に失っているもの
最近では、生成AI(人工知能)や検索エンジンが広く普及したことで、あらゆる情報がたちどころに手に入るようになりました。
同時に、さまざまな物事や知識をがんばって暗記することは、いまやムダな努力、不要論までささやかれています。知識を蓄えるよりも、思考力を磨くほうが大事との声もあります。
確かにそれも一理あるでしょう。たいていのことはネット検索で答えが見つかります。人によっては暗記や記憶に注ぐエネルギーを、別のことに使ったほうが有意義かもしれません。