CDOは経営の伴走者であり翻訳者

勝沼 会社全体を見渡し、どこにどのようにデザインの力を活用すべきかを見極め、デザイン活用を実現するフォーメーションをつくること。それがCDOの重要な役割だと僕は考えています。御社の場合、CDOのセルジオさんのミッションはそれ以上に多岐にわたっているようですね。

マネーフォワードの社長が全社員に向けて話す内容をデザイナーと決めている理由――マネーフォワード代表取締役社長グループCEO・辻庸介氏インタビューJUN KATSUNUMA
多摩美術大学卒業。NECデザイン、ソニー、自身のクリエイティブスタジオにてプロダクトデザインを中心に、コミュニケーション、ブランディングなど、幅広くデザイン活動を行う。国内外デザイン賞受賞多数。デザイン賞審査員も務める。2020年 NEC入社、デザイン本部長として全社デザイン統括を行う。2022年度よりコーポレートエグゼクティブとして、経営企画部門に位置付けられた全社のデザイン、ブランド、コミュニケーション機能を統括。2023年より現職。
Photo by YUMIKO ASAKURA

 勝沼さんがおっしゃる役割ももちろん重要だと思います。マネーフォワードの場合、セルジオの資質によるところが大きいですが、「経営の伴走者としてのCDO」という性格が強いように思います。

 僕は全社員が出席する朝会で月に2回くらい話をするのですが、その内容はセルジオを中心としたデザイナーのチームとのディスカッションで決めています。また、先にも触れた経営陣の合宿の企画・運営、スローガンや中長期ビジョンの策定などにもセルジオに関わってもらっています。

 マネーフォワードでは半年に1回、次の半年間の活動のスローガンを決めています。そのディスカッションに何人かの社員に参加してもらうのですが、デザイナーがそこに加わることでスローガンのクオリティーがガラッと変わりました。やはり、デザインの力は大きいと思います。

勝沼 CDOは経営者の伴走者であり、経営メッセージの翻訳者である――。それはとても重要な視点だと思います。NECにおける僕の役割の一つもまさにそれです。

 現在でもデザインの力を企業活動に十分に活用されていると感じますが、今後デザイン活用の範囲はさらに広がっていきそうですか。

 まだまだ広がると思っています。一つは、イノベーティブなプロダクトやサービスを作るためにデザインをどう使うか。そこにはまだまだチャレンジの余地があります。

 それから、プロダクトやサービスのエモーショナルバリューを高めるためにデザインを活用する方法も探っていきたいと考えています。製品の機能的価値はもちろん大切ですが、機能や便利さがほとんど同じであれば、ユーザーは「好きか、嫌いか」で製品を選びます。「好き」というエモーションは合理的に説明できるものではありません。では、そのエモーショナルな価値をどう高めていけばいいのか――。そこにデザインの力を生かせるのではないかと考えています。

勝沼 感覚的で言葉にならないものが、その企業の「らしさ」につながっていくように思います。

 おっしゃる通りですね。企業にとって最も重要なのは「らしさ」、すなわち独自の世界観なのだと思います。単に便利なものを作る企業と、独自の世界観を基にしてものをつくる企業とでは、世の中に及ぼすインパクトに大きな差が生まれるはずです。その世界観を作るのは、まさにデザインの役割なのではないでしょうか。

勝沼 デザインを企業活動や経営に活用しましょうという提案に対しては、「それでいくらもうかるのか」という反論が予想されます。営利企業である以上、それは欠かせない視点だと思いますが、一方で短期的には数字に表れない価値がデザインにはあるとも思います。今日お話をして、辻さんはその「数字にならないデザインの価値」を深く理解されていると感じました。

 逆に、その理解がない経営者がいることが僕には不思議です。デザインなしで経営をすることは絶対に無理だと思うからです。

 マネーフォワードのMVVCの「バリューズ」には、以前は「テクノロジードリブン」という文言が入っていました。最近になって僕たちはそれを「テック&デザイン」に変えました。デザインはテクノロジーと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なものである。その考え方は今後も揺るがないと思っています。