これからの営業に求められているのは、単なる商品やサービスの販売にとどまりません。流通パートナーとの戦略的な協働や、お客様の価値創造、共感を生み出す取り組みこそが求められているのです。そのためには、個々の営業のスキルやマインド、流通の仕組みや取引制度、営業組織を変えていくことが必要になります。
では、いかにして変えていくか? そのために必要な考え方やノウハウがまとめられた『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)から抜粋してみました。

なぜスターバックスコーヒーは価格が高いのに人が集まるのか?Photo: Adobe Stock

「お客様の心に残るような経験」を提供できるか?

「値上げ」はお客様の反感を買うことが多く、勇気のいる戦略になります。

 お客様に怒られない値上げなぞあるのか? それを初めて着想したときのことを今も覚えています。2000年、私がP&Gの営業企画部の責任者をしているとき、P&Gジャパンの社長だったボブ・マクドナルド氏から、1冊の本を勧められたのでした。それが、『経験経済(The Experience Economy)』というタイトルの英語の本でした。

 私はそれまで「価格」が商談の中心に据えられていたのが、そうではない選択もあるという大きな気づきを得ることになりました。

 わかったのは、お客様の心に残るような「体験価値」を提供することこそ営業やマーケティングの役割であり、それをどうやって得意先に示していくか、そこが重要なのだ、ということでした。

 そうすることによって、安売りという安易な販売方法を避けることができ、しっかりとブランドも育ち、持続可能な経済が生まれるということです。

 私は何度も読み返すほどこの本に感銘を受け、チームメンバーに勧めるだけでなく、その内容を得意先にも紹介していきました。

 主要な日用雑貨ブランドの価格戦略を得意としていたドラッグチェーンの商品部との商談に同行する際には、この本にあった経験経済の理論を説明し、特に複数のチェーンのバイヤーや商品部のマネージャーに「買物体験価値」の重要性を語っていきました。

 この本に書かれている経験経済モデルこそ、「お客様の反感を買わない値上げ」の本質を見抜いているものだと感じました。

 B・J・パイン氏、J・H・ギルモア氏の著書である『経験経済』の概念はこういうものでした。単なる商品やサービスの提供を超え、お客様にとって心に残る経験を経済価値として提供し、ビジネスを行う。そんな経済モデルを生み出せ、と。

 経験経済の核心は、「コモディティ→製品→サービス」という経済価値の進化の次の段階である「お客様の心に残るような経験」を提供することです。そうすることで、より高い経済価値が創出され、より高い価格と交換されるというのです。

 コーヒーを例に考えてみましょう。

コモディティ:コーヒー豆(原材料)
製品:パッケージ化されたコーヒー
サービス:カフェでのコーヒー提供
経験:スターバックスやブルーボトルコーヒーの「サードプレイス」体験

 コーヒー豆を原材料で買うと、グラム数百円ほど。これが製品になり、ドリップ式のパッケージになると2、3割の付加価値が乗ります。次にサービス化され、コーヒー店になると2倍ほどの値段がつく。しかし、そこに「心に残る体験」が加わると、さらに2倍ほどでも買ってもらえるのです。

「サードプレイス体験」とは、自宅(ファーストプレイス)でも職場(セカンドプレイス)でもない、第3の居心地の良い場所での体験を指します。それは、くつろぎと安らぎを感じられる空間、多様な人々が集まり交流できる場所、社会的立場を気にせず気軽に利用できる中立的な環境、地域コミュニティの中心的な場所という意味が込められています。

 スターバックスやブルーボトルコーヒーは日本でも大変な人気ですが、単にコーヒーを売るのではなく、くつろぎの空間、バリスタとの対話、カスタマイズされた飲み物など、総合的な経験を提供しているのです。

 ただし、「心に残る体験」を作ることは簡単ではない。そこで総合的な経験価値を高めるために必要な、4つの要素(4E)が本では紹介されていました。

1.Entertainment(娯楽):
  エンターテインメント性の高い手書きPOPや、クルーとの会話、季節プロモーションなどで楽しさを提供。
2.Educational(教育):
  持続可能な方法で調達されたコーヒー豆の知識や、バリスタのスキルを見て学ぶ機会。
3.Esthetic(美的):
  視覚的・感覚的に美しく作り込まれた空間デザイン。
4.Escapist(脱日常):
  日常から離れた「サードプレイス」体験。

 4つの要素をヒントにしながら、「コモディティ→製品→サービス→経験」という階段を上がることで、お客様の体験価値は付加され、その価値と交換される価格も上昇していきます。
「お客様の反感を買わない値上げ」とは、「お客様の心に残る経験価値」を店舗で実現し、「適正なお値段と価値交換」するという商売理論なのです。

※本記事は『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)からの抜粋です。