では「もう欲がない」という人物を、飽くなき投資へと突き動かすものは何なのか。バフェットから感じたのは、株主から預かった資産を増やし続けることへの、執念にも似た思いだ。

「私がどこの馬の骨とも分からなかった50年前から今に至るまで、信頼してお金を預けてくれた人がいることに、私は大いに満足しているのです」

バフェットが批判する
CEOの役員報酬多すぎ問題

 バフェットが毎年記す「株主への手紙」は読み物としても味わい深いが、それに付属して、1965年からのバークシャー株と、大企業全体を網羅するS&P500株価指数の年ごとの上昇率(配当含む)を比べた一覧表が、いつも誇らしげに載せてある。

 それによれば2023年までの59年間で、バークシャー株の価値は4万3848倍に膨らんだ。もし1964年にバークシャー株を100ドル分買っていれば、438万ドル(約6.2億円)になっていた計算だ。年率で19.8%ずつ株主価値を膨らませてきた複利の賜である。同じ期間でS&P500指数は313倍、年率では10.2%の成長だった。

 株主とは、いったい誰か。「資本家」としてイメージされる創業者や大富豪、自社株を与えられた経営者だけではない。普通の働き手が蓄えを直接株式に投じることもあれば、退職後の暮らしを支える年金や保険、人々の学びにつながる大学基金などの資金を運用する機関投資家も株主である。株主へのリターンを最大化することこそが、バフェットにとっての「社会的責任」なのだ。

 並のCEOとバフェットが異なるのは、「株主へ尽くす」ことの徹底ぶりだろう。自身のCEO報酬はずっと年10万ドル(約1400万円)で、アメリカの相場より2桁少ない。年数千万ドル(数十億円)にもなる世のCEOたちの報酬を、バフェットはかねて厳しく批判してきた。「株主への手紙」でこう書いたことがある。

「役員報酬がバカバカしいほど業績とかけ離れたものになっていることが、合衆国ではあまりにも多い。しかも、この状況は変わらないだろう。投資家にとって不利な条件が積み重なっているからだ。結局のところ、凡庸、あるいはそれ以下のCEOたちが、選りすぐりの人事担当幹部と、常に便宜を図ってくれるコンサルタントに助けられて、ひどい設計の報酬制度によって巨額の報酬を受け取ることになるのだ」

 会社経営は何よりも、株主の利益に尽くすべきだ──。バフェットが実践してきた株主資本主義の精神にはしかし、この数年ですさまじい逆風が吹き付けるようになった。大きなうねりが巻き起こったのも、やはりアメリカだった。