「何らかの建設的な意見とか議論じゃないんですよ。『俺は昔こんなすごいアイデアを実現した』『俺のキレッキレな判断でこんな素晴らしい結果を出した』『そして俺の挑戦は終わらない』みたいな話を延々聞かされるんですけど、あとで同僚が教えてくれたんです、『あれは事実を1万パーセント盛ってるから』って」(A子)

 1万パーセント……つまり100倍ってことですねそれはケシカランですね、と一同はシリアスな顔でうなずく。

 さらに、さすが空気を読めないその上司は平気でド失礼を働くという。取引先の外国人エグゼクティブをいきなりファーストネームで呼んで海外通なキブンにひたったり、「単刀直入で面白い俺」のつもりなのか、この多様性の時代によりによって容姿いじりをしたりするたびに、若い部下たちは凍りつく。昭和の古い(すなわちビジネスの現場ではまったく使えない)英語教育を中途半端に受けているがゆえに、相手がどんなエリートであれ外国人相手はなんでもフランクがいいと無邪気に信じきり、「ヘイ、みんな聞いてくれよ俺のナイスなアメリカンジョークを」みたいな危険砲をぶっ放し……その尻拭いは常に、優秀な部下たちの仕事なのだという。

脂肪と共に(常識も)去りぬ

「なるほど、"この世の春"……藤原道長か!」と、座の文学女子Bが毒づく。しかしそもそも、この上司の謎に高い自己肯定感の理由は、いったいなんなのだ?

 その裏には、大幅な減量の成功があるのだという。意識の高い彼はコロナ禍で自己改革に乗り出し、ライ●ップに大金を注ぎ込んで、なんと40キロもの減量に成功した。ライ●ップのトレーナーが泣いて喜ぶほどの、ちょっと前ならCMになったかもしれないレベルの成果だ。が、結果にコミットし過ぎたせいか、脂肪以外に何か大事なものも失ったんじゃないかと社内では噂されているらしい。

「努力家だとは思うんですよ。やっぱり基本的な能力も決して低くはないからあの職場に管理職ポジションでいるわけですし。以前はもう少し謙虚で、ジョークも控えめで、そこまで俺様じゃなかったみたいなんです」とA子。「ところが、痩せたら急に『俺を崇めよ』モードが始まったらしく……脳内の何かが外れて落としたのか、それとも痩せると何か特殊なホルモンでも出るんですかね?」

 およそ人ひとり分の体重を減らしたことで、彼の自己肯定感は爆上がりどころか一種の万能感にドップリ浸かり、役員からの評価は「(鬱陶しいところもあるけど)活発で積極的」とプラス評価になっているのが、これまた周囲も悔しいらしい。