大学受験が重要であるがゆえの弊害
「未来のために今を犠牲にする」といった価値観を形成してしまうスタートラインは残念ながら受験であることがほとんどです。
過度に競争を煽り、「東大に入らなければ!」「せめて地元の国公立に!」「私立なら早慶か、最悪でもMARCHに!」と情報が溢れているがゆえに受験生はなるべく上の序列にいこうとします。また、進学実績を気にしてなのか、学校がそういった空気感をつくってしまっている側面もあります。
そんな僕も高校生のときに、私立大学を希望していたのにもかかわらず、「偏差値的に進学できる」という理由だけで北海道にある公立大学を高校の先生に強く薦められました。ちなみに僕の高校は茨城県で、僕個人も北海道にはなんの縁もありません。
もちろん、いい大学に入ること自体には僕は大賛成ですが、それは内発的な動機であることが前提です。「まわりがそういう雰囲気だから」「偏差値的に現実的だから」という理由だけで大学を目指すのはあまりおすすめではありません。
毎年、「クラスメイトもみんな難関大学志望だし、自分もそれなりに勉強もできるから、とりあえずいい大学を目指します」という受験生がいます。上を目指すのは悪いことではありませんが、雰囲気に流されたまま進んだ未来がいいものになるか少し心配にもなります。
しかもそれが高校生活を犠牲にしての受験になってしまっていたらなおさらでしょう。
大人になったときに、ふと高校時代を思い出して笑えるように。
さて、現在の受験がはらむ危険性について理解していただいたところで、本筋に戻りましょう。
誰もが高校生から大学生になると急に歳をとった感覚に陥ります。今皆さんが当たり前のように着ている制服も、大学生になってから見ると「自分って歳をとったな……、もう高校生に戻れないのか……」という虚無感に突如襲われます。
そして就職すると、大学生が若く見えて、キャリアを積むと新人社員が若く見えます。皆さんだって中学生を見たら「若いな~」って思いますよね?
時間とはものすごく速いスピードで皆さんを追い越していくものです。

そのときに、「高校のときの思い出はあまりないな」というのは少しさみしいなと僕は思います。ですから、小さなもので構いません。文化祭や体育祭などのド派手なイベントでなくていいですから、ちゃんと思い出をつくってください。
「勉強ばかりしていたから高校の思い出はない」というのは、あまりにも犠牲が大きすぎると僕は思います。受験勉強なんかやめて遊べとは言いませんから、勉強の合間にほんの少しだけ余裕を持ってみてください。
ちなみに、友だちとコンビニで買い食いしながらダラダラ帰るのも立派な思い出の1つだと僕は思います。大人からするとあれほど羨ましい光景はありません。
高校も楽しむ。受験にも全力で挑む。これこそが王道であり本質です。
教育痛快バラエティ番組・YouTube『wakatte.TV』のツッコミ担当。早稲田大学教育学部卒。高校時代の偏差値は37だったが、1年間の浪人を経て早稲田大学に入学。大学時代は起業・自主退学・復学など、さまざまな経験をしたのち、大学受験のすばらしさに気づき現在に至る。甘いルックスと鋭いツッコミ(たまにポンコツ)で視聴者の心を掴んでいる。決め台詞は学歴モンスターの相方・高田ふーみんを制止する「ヤメロオマエ」。
高田ふーみん[協力]
教育痛快バラエティ番組・YouTube『wakatte.TV』にて「学歴至上主義」を貫く学歴モンスター。京都大学経済学部中退(現役合格)。学歴を絶対の価値基準とする偏った思想を持つヒール役として受験生や大学生を中心に人気を博している。決め台詞は「Fランやないか」。