会社やチームのリーダーとして、いま、求められているリーダーとはなんだろうか? 責任をとること? 部下やメンバーの話をよく聞いて、仲を深めること?
『リーダーの言語化 「あいまいな思考」を「伝わる言葉」にする方法』の著者である木暮太一氏は、リーダーの本来の役割は、どこに向かって進むべきかを「言葉で明確に伝えること」だと話す。本記事では、木暮氏に「言語化」について教えてもらう。

なぜうちの会社からパワハラがなくならないのか?
「ハラスメント撲滅!」「働きやすい職場づくりを目指します」「相互尊重の文化を創ります」
このような目標を掲げて何年経つでしょうか?
多くの企業で研修を実施し、ポスターを貼り、トップメッセージを出しているにもかかわらず、ハラスメント問題はなかなか解決しません。むしろ、「ハラスメント」という言葉が浸透するにつれて、問題が増えているように感じる方もいるでしょう。
なぜこんなことが起きているのでしょうか? なぜハラスメントはなくならないのでしょうか?
「ハラスメント禁止」が明確になっていない
まず認識すべきなのは、ほとんどの人は「ハラスメントをしよう」と思ってハラスメント行為をしているわけではないということです。むしろ、自分の行動がハラスメントになっているという自覚がない人がほとんどです。
そして、その背景には「何がハラスメントなのか」が明確になっていないという問題があります。
「パワハラをするな」と言われても、自分の行動が「パワハラ」だと認識していなければ、行動は変わりません。「セクハラ発言は控えよう」と言われても、どの発言が「セクハラ」に当たるのかの認識が人によって大きく異なります。
つまり、ハラスメント禁止という「方針」は示されていても、具体的に「何をしたらハラスメントになるのか」「どういう行動に変えるべきか」が明確になっていないのです。
「よかれと思って」がハラスメントになる
時代が変わって、価値観が多様化しているからハラスメントの線引きが難しくなっていると考えられているケースが多くあります。「オレの若いころはこんなの普通だった」とぼやく年長者が一部にいるのは確かです。しかし、本質的な問題はそこではありません。
会社でハラスメントが起きる最大の理由は、「よかれと思って」行われる行動がハラスメントになるケースが多いからです。
例えば、
・部下の成長のために厳しく指導しているつもりが、パワハラになっている
・チームの雰囲気を良くするためのジョークが、セクハラになっている
・効率を高めるための指示が、モラハラになっている
などです。
これらは「オレの若いころはこんなのは普通だった。だからお前らも耐えろ」と自覚してやっていることではありませんね。これらはすべて、行為者が「よかれと思って」やっていることです。
だからこそ、指摘されても「いや、私は部下のためを思ってやっただけです」「チームのためを考えてのことだし」と、なかなか納得しないケースがあります。人は自分が「よかれと思って」やっていることを簡単には変えられません。それが長年の習慣になっていれば、なおさらです。