スマホ、ネット、SNS……気が散るものだらけの世界で「本当にやりたいこと」を実現するには? タスクからタスクへと次々と飛び回っては結局何もできない毎日をやめて、「一度に1つの作業」を徹底する「一点集中」の世界へ。18言語で話題の世界的ロングセラーの新装版『一点集中術――限られた時間で次々とやりたいことを実現できる』より、特別に一部を紹介する。

大事なところで「遅刻」する
先日私は、ニューリーダーを育成する研修の進行役を務めた。目的は、ある企業の幹部に就任したばかりのリズが、前任者から引き継いだ総勢30名のチームとの信頼関係を深めることにあった。
リズが私に研修の依頼をしてきたのは、自分がリーダーとして率いるチームと意思疎通をはかりたいと考えたからだ。そこで彼女は、わざわざ時間と人的資源を投入し、オフィスとはべつの場所で一日がかりの研修をおこない、部下たちと強力な信頼関係を築くことにしたのである。
研修は午前9時きっかりに始まった。ところが当のリズが、45分遅刻した。
彼女は息を切らして会場に到着し、「オフィスをでようとしたところで、トラブルが発生したもので」と言い訳をした。それが不吉な前兆だった。
いつもなぜか「忙しそう」にしている
研修がおこなわれている時間の半分以上、リズは会場の外にいた。研修に丸一日拘束されると考えれば、たしかに8時間は長く感じられるかもしれない。だが真剣に取り組めば、8時間などあっという間だ。
「ニューリーダー」であるリズは、自分にマルチタスクをこなす能力があることを自負していた。そしてチームとの信頼関係を築くプログラムを達成するたびに(すなわちその日のスケジュールを消化するたびに)チェック項目を消していった。
それと同時に、オフィスにしょっちゅう連絡をいれては、あれこれ指図をしていた。
そんな真似をしなくても、オフィスに戻ってから指示をだすほうが効率的だろうに。オフィスで生死にかかわる問題が生じているわけではないはずだ。なにも手術中の脳外科医にちょっとでてきてもらい、チームの問題を解決してもらっているわけではない。
結局、リズは多くの時間と人的資源を投入しながら、研修を無駄にした。そして、当初の目的とは正反対の結果を招いた。「チームのために本気で尽くしていない」という事実を身をもって部下たちに示してしまったのだ。
なぜリーダーが席を空けていたのか?
当然、研修の成果はあがらなかった。たしかに社員同士は絆を強めることができたし、有益なコミュニケーションのスキルを習得することもできた。
だが研修終了後におこなったアンケートには、「そもそも、なぜチームリーダーが席を空けていたのか?」といった疑問が数多く書き込まれていた。
リズが研修に集中しなかったせいで、「こんどのリーダーはチームのことを本気で考えていない」という印象を強めてしまった。
その日の研修でチームは、リーダーへの不信感をつのらせたのである。(中略)
部下への対応は「一点集中」せよ
━━マルチタスクで対応する上司は信頼を失う
この「リズ事件」の数か月後、私は同様のリーダー育成プログラムをある組織でおこなった。そのときも、幹部のリカードが遅刻した。
とはいえ、彼は事前に電話で遅刻する理由を説明した。仕事で緊急事態が生じたという納得のできる理由だった。
そして開始時刻から20分ほど遅れてやってくると、謝罪し、すぐさま全力で研修に取り組んだ。そして職場から離れた会場にいるあいだ、オフィスに連絡をいれるだけのもっともな理由があったにもかかわらず、目の前の作業に没頭した。
リカードはまた、自分の性格で改善したい点を率直に認めた。組織の力を伸ばしたいという願望があってのこととはいえ、ミーティングの最中につい熱くなり、冷静さを欠いてしまうところがあると自己分析もした。
とはいえ、人は相手に完璧さなど求めない。ただ相対したときには互いに胸襟をひらき、率直に意見交換をしたいと思うだけだ。
プログラムを終え、アンケートを実施したところ、「今回の研修でよかったと思う点」としてもっとも称賛されたのは、リカードが本気でプログラムに取り組み、周囲とオープンに関わったことだった。
その結果、幹部と中間管理職のあいだの溝を埋めることができそうだという希望が、組織のなかに生じた。
一点集中を実践するリーダーは、仕事にもチームにも責任をもって関わっていることを、身をもって示す。
いっぽう、どんな言い訳があるにせよ、マルチタスクに腐心するリーダーは、傲慢で部下を軽視していて、チーム統率に無関心だと誤解される。そうなれば、組織崩壊を招きかねない。
(本記事は、デボラ・ザック著『一点集中術――限られた時間で次々とやりたいことを実現できる』からの抜粋です)