食はその国の文化や価値観を映し出す。幸福大国デンマークの食文化とはどのようなものだろうか?「何を食べるか」という食材の豊かさと同時に、「誰とどう食べるか」という時間の豊かさ。そこにはデンマーク人らしい価値観が垣間見える。大好評の「留学ルポ」連載第5回は、デンマークの食に表れる「共生の精神」から幸福に対する考え方を読む。

デンマーク人の食生活

 食は五感を使って楽しむもの。それは私にとって日常生活で当たり前の出来事でした。美食の町、京都で育ち、両親は大の食好き。新鮮で美味しい食材を求めてあらゆるお店に足を運び、毎日食事が楽しめるように料理で様々な工夫をする母を見て育ちました。

 大学の時のアルバイト先は京料理の料亭で、季節ごとに変わる料理を見るのが楽しみでした。その後就職した会社は、東京の恵比寿にありました。徒歩5分以内の場所に、あらゆるジャンルの美味しいレストランが並んでいます。お昼になると、会社の前で先輩たちとどこで食べるか決めるのに時間がかかるほどです。

 幸運にも私は、食の意識の高い人達に囲まれて暮らしていました。同じ状況を海外で求めることはありませんが、それでもデンマークにきて最初に驚いたのは、食への関心度の低さでした。

 デンマークの伝統料理は、ライ麦パンの上にのせるのは酢漬けのニシン、キュウリやアボカドなど野菜をのせたオープンサンドで、とてもシンプルです。普段の朝食は、パンにチーズやハム、ジャムをのせるか、オートミールなどを食べています。お昼はオープンサンドを食べる人が多く、晩ご飯は、ポテトや肉が主食になります。物価が高いため、一般の日本人と比較して外食の回数も多くはありません。

 購入する食品がオーガニックかどうか製造方法を意識している人はいますが、それ以外に美味しい食事のために、材料にこだわって買い物をして、料理をしている印象を受けません。美食の感性が育たない理由について文献やインタビューから見えてきたことは、次のようなことです。

 プロテスタントのデンマーク人にとってもともと食は、生命を維持するもので喜びでなかったこと、冬は悪天候が続くため、新鮮な野菜を購入することが難しくスーパーで販売されている冷凍食品に頼らざるを得ないこと。

 物価が高く外食する機会がないため、美食に触れる機会が少ないこと。フランス、スペイン、イタリア、トルコなど周辺の国の強い食文化の影響と、デンマーク人の外部の文化を受け入れる柔軟さから、ローカルの食文化が育ってこなかったこと。

 こうした理由に加え、デンマーク人と毎日一緒に食を共にする内に、さらに根本的な理由を突き止めました。それは食に対する価値観の違いでした。幸福大国のデンマーク人にとって食が意味するものは「共生の精神」だったのです。