戦車20両を止めた名場面が
もし用意された演出だったら?

 当時、北京飯店の1室の最前線拠点で取材をしていた筆者も、戦車と戦車男が対峙する場面を遠目ながら直接目視することができた。その時の様子はこうだ。

 天安門広場のほうから数珠つなぎのようになって戦車20両近くが出現し、長安街を東方向に進んできた。それまでに広場を出入りした多くの戦車と比べて、その走行スピードは明らかに遅かった。すると突然、長安街の歩道からバッグのようなものを両手にぶら下げた白シャツ姿の男が飛び出した。くだんの戦車男だ。これを見て長安街の両端の歩道にいた群衆から「ウォー」という大きな歓声が上がる。筆者も含め、その歓声に驚いて長安街の出来事に関心を寄せた記者も少なくなかっただろう。

 南側の歩道から車道中央に飛び出した男は何ら躊躇することもなく、近づいてきた戦車の列の先頭車両の前に立ちはだかった。すると戦車はピタリと制止。後続する戦車もそれに従うように次々と一列縦隊の形で止まった。

 たった1人でいとも簡単に戦車の縦隊を止めることに成功した男は、右手にぶら下げたバッグを少し振り回すようなしぐさをした。

 すると先頭の戦車がそちらの方向に舵を切る。男はただちに横に移動し、戦車の行く手をさえぎり、そして今度は左手にぶら下げたバッグを少し振り回すようなしぐさをした。するとそれに応じたかのように、今度は戦車が左側に舵を切り返した。戦車男と先頭の戦車の間では、その後も同じようなことが何回も繰り返され、戦車は右へ左へと舵を切り返し、そのたびに男が戦車の前に立ちふさがることになった。

 やがて戦車男は、停止している戦車の上によじ登り砲塔の中をのぞき込んだ。続いて戦車から降りて砲塔から顔を出した兵士と言葉を一言交わしたように見えた。

 しかし戦車がまた前進しようとしたため、再び戦車の前に立ちふさがり行く手を遮ろうとしたところを、長安街の両側から一斉に飛び出した私服警官と思われる男たちの手で取り押さえられ、そのまま目の前の公安省(警察庁に相当)の中に連れ込まれるように姿を消したのだ。公安省には当時、第24集団軍の兵士が多数進駐していた。