この「牛乳」はエバミルクというのだが、英語のevaporated milkを短縮したもので、ミルクの水分を蒸発(evaporate)させて2倍に濃縮して作られる。

 無糖練乳とも呼ばれるが、加糖練乳(コンデンスミルク)との違いは砂糖が入っていないこと。特濃牛乳のように乳脂肪だけが高いのではなく、乳全体が濃縮されて乳風味が濃いので、ミルク好きにはたまらない。

 ジュースだけでなく、料理にもお菓子作りにも活躍し、家の戸棚にいつもケースでストックしてあった。スーパーに行っても、冷蔵コーナーに並ぶ「3.6牛乳」はほんのわずかで、常温の棚に行くと缶のエバミルクがずらっと並んでいる。見たことのない牛乳売り場の光景だ。

 さて、このエバミルク、そのままでは腐りやすい牛乳の保存期間を長らえるために生まれた加工方法で、冷蔵庫の普及していなかった19世紀に開発され大いに浸透したらしい。

「いまはフレッシュな牛乳が手に入るのになんでわざわざ…」とも思ったが、これだけ台所に馴染んでいるし、考えてみれば切り替える理由も特に見当たらない。濃厚シェイク風な朝のジュースはおいしいし、すでに煮詰めたようなコクがあり、大量に買いだめしておけて便利。

 それに「田舎は今も冷蔵庫を持たない家が多いんだよ」とも言われ納得。そのままごくごく飲むことがなければ、たしかに缶詰の濃縮ミルクの方が便利かもしれない。

 私が信じて疑わなかった3.6牛乳。これが「普通の牛乳」と思っていたけれど、バターやクリームを取り出してから利用したり、長期保存できるよう濃縮したり、「普通の牛乳」ひとつにも、それぞれの国の文化があるものだ。

「乳」と呼ばれるものの
境界線はどこにあるのか

 私たちは「牛乳」を飲むけれど、乳とは何か。牛のミルクを牛乳と呼ぶから、動物から搾られるミルクのことだろうとなんとなく理解していたのだが、よく考えたら豆乳のように植物から搾られるものもある。オーツミルクやアーモンドミルクも仲間だろうか。そうすると動物でなくても良いことになる。

 しかし植物から作られるものの中でも乳と呼べるものは限られているようで、りんごジュースは「りんご乳」といわないし、カエデの樹液から作られるシロップはメープルシロップであって「メープル乳」ではない。動物または植物から搾られる白い液体が「乳」なのだろうか。