結婚が人気女性歌手たちの
キャリアに与えてきた影響

 ユーミンと松任谷正隆の婚約が明らかになったとき、人々の反応はさまざまであった。ユーミンのファンは彼女の幸せを喜んだが、彼女の将来的なキャリアを心配する声も多かった。

 若い女性向けの芸能雑誌である『週刊明星』のある記事は「いよいよ本格的ユーミン・ブームが来るが、あっさり今秋結婚とはザンネン」と述べ、この結婚がユーミンのキャリアに与える影響を嘆いている。このようなコメントは、ポピュラー音楽産業が戦後日本における女性の役割をいかに強固なものとしていたかを物語っている。

 ユーミンのようなきわめて人気のある女性ミュージシャンですら、結婚すれば仕事を辞めるだろうと思われていたのだ。

 一例を挙げてみよう。戦後日本の文化的アイコンであり、最も評価されている演歌歌手の一人である美空ひばりは、1962年に結婚したとき、夫の希望によって一時的にプロとしての活動を縮小していた。それから離婚するまでの2年間、彼女がステージへ完全復帰することはなかった。

 一方、1970年代に絶大な人気を誇ったアイドルである山口百恵は、公的な成功よりも私的な幸せを「わがまま」にも選ぶと宣言し、1980年の結婚とともに引退した。実のところ、女性歌手が歌手活動を辞め、パフォーマーとしての「公務」を終えることが許される数少ない理由のひとつが結婚だったのである。

 このことは、人気アイドルトリオであったキャンディーズの例が示している。彼女たちが1978年に引退したのは、結婚のためではなく「普通の女の子に戻りたい」という願いによるものであり、事務所の意向に反していたために、物議を醸すこととなった。