「空気が読めない世間知らず」「人の気持ちがわからないダメ人間」「仕事ドロボウ」……。いずれも『気配りの正解』の著者である、後田良輔氏につけられたアダ名だ。
では、「社内一の落ちこぼれ」「社内一の嫌われ者」だった後田氏は、どのようにして「気配り」に目覚め、「社内の人気者」「気配りのプロフェッショナル」へと成長したのか?
私が落ちこぼれだったのは、
「気配り」が足りなかったから
私が広告代理店に入社後の8年間は、まったく鳴かず飛ばず。
失敗を繰り返しては、お客様からも上司からも後輩からも、毎日怒られてばかりでした。
新人時代の私のアダ名は、
「メトロノーム」。
打ち合わせのたび、こっくりこっくりと規則正しく居眠りしていたことから、ついたアダ名です。
また、お客様からは、こうも呼ばれていました。
「広告費ドロボウ」。
きちんと文字校正(文字に間違いがないかチェックすること)をしなかったばかりに、「キャンペーン期間を間違えたまま」、新聞広告を300万部も刷ってしまったことがあります。
この失態で、お客様から「出入り禁止」を申し渡されました。
私はミスをするたび、さまざまな言い訳を考え、自分に言い聞かせていました。
「失敗したのは、私がクリエイターではないからだ」
「キャッチコピーやデザインの勉強をしていないからだ」
「プレゼンのテクニックが身についていないからだ」
でも、私に一番足りなかったのは、広告ビジネスのスキルや知識ではなかったのです。
私に足りなかったものは、「気配り」でした。
当時の私は、営業マンの価値とは、「仕事を取ってくること」だと勘違いしていました。
たくさんの失敗の中から、営業マンの価値は、
「居心地のよさを提供すること」
だと気がついた私は、「気配り」の習得を始めたのです。