家族全員に触ってもらえるゲーム

「Wii」任天堂

 ファミコン発売からちょうど20年後の2003年、アジア最大のゲーム見本市、東京ゲームショウで任天堂社長の岩田聡氏は「ゲームから離れてしまったユーザーを取り戻す」と力強く宣言しました。

 その宣言の背景にあったのは、ゲーム業界に対する危機感です。ファミコンの発売以降、ゲームは新しいテクノロジーを次々盛り込み、「画面はより高画質に」「音声はリッチに」「ストーリーはより複雑に」と性能を向上させることを中心に発展してきました。任天堂も例外ではなく、究極のハードを目指したNINTENDO64、ゲームキューブと高性能ゲームを追求してきたのです。

 その結果、ゲームは確かにリアルに進化しましたし、世界のゲーム市場を技術面でリードしてきました。ところが、高性能マシンがゲームファンを熱狂させる一方で、ソフトの出荷額は1997年をピークに下降線をたどっていたのです。ゲームが複雑化したことで、ソフトの開発コストは上がっていましたから、長い目で見たときにゲーム業界が苦しいのは明らかでした。

 そこで2002年に任天堂の社長に就任した岩田氏は「ゲーム人口の拡大を目指す」ことを基本方針とします。一部の熱狂的なゲームファンではなく、これまでのゲームの進化に取り残されてしまった人、ゲームをしたことがない人が新しいターゲットとなりました。その方針を反映して企画が始まっていたのが、「レボリューション」という開発コードで呼ばれていた据え置き型ゲーム機です。

 どんなゲーム機をつくりだすべきか。そのあるべき未来像を探る作業は、過去の反省から始まりました。ゲームやコントローラーが複雑化したせいで、ゲームはひとりでやるものになっていた。ゲームが、家族をバラバラにしてしまったという側面があるかもしれない。

 そんな考察から、次のゲーム機は、家族全員が集まってくるような存在でありたいという意思が生まれます。こうして岩田氏と開発チームがたどり着いたのが、「家族全員に触ってもらえるゲーム」という未来でした。ゲームが壊した家族の絆を、ゲームで取り戻そうというのです。

 こうしてレボリューションは家族全員、5歳から95歳までの人々に「私にもできそう」と思われることを念頭に開発が進みます。

 まず「お母さんに嫌われてはいけない」という視点から、小さくて、電気代の節約につながるという本体の条件が決まりました。「省スペース」「省電力」「静音」というお母さん目線のメリットを、ゲーマーが好む「高性能」よりも優先したのです。

 また複雑化したコントローラーの反省から、誰にも「怖がられない」ことがコントローラーの条件となりました。さまざまな形を模索するなかで、振り回したり、テレビに向けて場所を指し示したりすることで操作するコントローラーが選ばれます。家族全員に関係があるものにしたいという意思から、ゲーム文脈の「コントローラー」ではなく、テレビ文脈の「リモコン」と呼ぶことも決められました。

 さらに、家族全員が毎日触れる理由をつくるために「Wiiチャンネル」のアイデアが生まれました。起動すると、テレビのチャンネルのように、ソフトや、天気や、ニュースが並んでいます。

 また、そこにはWii伝言板という、家族から家族へとメッセージを送る掲示板のような機能も搭載されました。こうしてゲームとは直接関係なくても、家族のコミュニケーションの真ん中を担うためのアイデアが次々と盛り込まれていくのです。

 さまざまな挑戦を詰め込んで開発されたレボリューションには、Wiiという名前がつけられ、発売から約60週という世界最速のスピードで世界販売台数2000万台を達成。子どもからお年寄りまでがプレーする大ヒット商品となりました。まさに「レボリューション」と呼べる成果を成し遂げたのです。
(連載終了)


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著者紹介
キンドル、Wii、トランジスタ・ラジオ<br />を生み出した3つのビジョナリーワード
細田高広(ほそだ・たかひろ)
一橋大学卒業後、博報堂にコピーライターとして入社。Apple、Pepsi、adidas、Nissanなどのブランド戦略を手がける米国のクリエイティブエージェンシーTBWA\CHIAT\DAYを経て、TBWA\HAKUHODO所属。クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト、カンヌライオンズ、CLIO賞、ACC賞グランプリ、東京コピーライターズクラブ(TCC)新人賞、ロンドン国際広告賞など国内外で受賞多数。通常の広告制作業務だけにとどまらず、経営層と向き合って数々の企業のビジョン開発に携わるほか、経営者のスピーチライティング、企業マニフェスト、ベンチャー企業支援、新規事業や新商品のコンセプト立案などを手がけてきた。「経営を動かす言葉」「未来をつくる言葉」といったテーマで学生への講義や社会人への講演も行っている。経営と言葉という、今まで無視されがちだった領域に光を当てる、クリエイターとしては異色の存在。