不利なドメインでも、ビジョンに忠実であれ

 ただし、悩ましいのが経済的な観点からはオイシクないのは重々承知で、それでも自分達のビジョンに忠実であるために、そこで戦わざる得ない場合でしょう。

 結論として、私はビジョンに忠実であるために必須であれば、どんなに苦しい戦いになろうとも、そのドメインで戦うべきだと思います。ソーシャルネットワークサイト(SNS)が好きで好きでしょうがない、SNSで世界を目指したいという想いが強いのであれば、それを避けて他の事業をやっても意味がありません。戦略の最上段のドメイン設定を実利的に不利なものとしてしまっても、その中での戦い方、たとえばグローバルでFacebookを駆逐したり、各国でスーパーローカルな参入障壁が高い事業を築くなど、何とか勝つ戦略をヒネリ出せばよいのです。

 戦略的困難度は高いかもしれませんが、モバイル化などの大きなパラダイムシフトのタイミングを虎視眈々と狙いFacebookをひっくり返しにいくのも戦い方ですし、特定の領域のニッチにフォーカスしてFacebookと棲み分けたサービスを展開するのも戦い方です。想いがあることを現実面でのハードルの高さであきらめ、勝てそうだからと言ってどうでもよいことをやるよりずっと幸せです。そして、想いが強く石にかじりついてでもやり抜くんだという強い執着こそが、戦略的には難しいことでも成し遂げてしまう拠り所になるでしょう。

市場性はトリガーとタイミングも大事

 市場性を検討するときに注意して見るべきは、市場が立ち上がるときのタイミングとそのトリガーです。たとえば、先ほどのしまうまプリントの例では、ブロードバンドと物流のインフラが整っていることがトリガーだったわけですが、ブロードバンドや物流のインフラそのものは、リソースが限られているスタートアップが、しかもプリントをメインの事業としている会社が整備するには壮大すぎます。やはりオンラインプリントを事業ドメインとする会社としては、NTTや佐川急便が整備したインフラを活用して、その上に事業を構築するべきです。また、ユーザへの認知や啓蒙も同じ視点で、いちスタートアップが単独で行うのは得策ではありません。

 何か新しい製品やサービスを考えつくと、「これは新規性も高く、今までまったくなかったものだ! これはイケる!!」と思いがちです。ただ、サービスをユーザの目線から見ると、まったく新しいものは今まで触れたことがない、使い慣れていないものです。どんな場面で使ったらよいのかというユースケースや、ユーザインタフェースに慣れるまでのハードルが高いのです。

ユーザにとって心地良い=爆発的に普及するサービスは、一歩先ではなく半歩先なのです。

 その点、インターネットにおいてオイシイのは、リアルにある習慣やサービスをネットに置き換えることです。たとえば、季節や慶弔の贈答品はリアルで習慣があるので、ネットに置き換えてEC化するのは比較的容易です。一方で、小額(百円~数百円)のギフトを贈り合うサービスは直感的には「使いたい!」と思える一方で、よくよく考えると「日常生活の中で数百円のプレゼンとあげるのはどんなシチュエーションだっけ??」となってしまいます。ユーザを教育して新たな習慣を根付かせる所から始めなければならず、大きく普及するまで長期戦を覚悟しなければならないかもしれません。

 一方で、まったく新しい習慣を創り出せたときのリターンは大きくなります。そのような大きな賭けにでる場合は、自社だけでユーザを教育して新しい習慣を創り出す投資を負担しないことです。市場そのもののパイが大きくなることが期待できるのであれば、競合と協力して市場を立ち上げることを第一に考え、その途中では市場の中でのスライス(=市場シェア)を取り合うことはあまり考えないほうがよいかもしれません。

「Co-opetition戦略」(英語のCorporation=協力とCompetition=競争の組み合わせからきています)と呼ばれる戦略で、最も有名なのがコカ・コーラとペプシ・コーラが熾烈な競争をしながら、コーラ市場を創造し拡大させていった事例です。前述のオンラインプリントの例でも、オンラインプリントを展開するプレーヤーが数社でてきたときこそが、まさに“期が熟した”タイミングだったのです。

※次回は9月10日に公開予定です。