井上 それはとてもおもしろい指摘です。「目的結社」いいですね。先ほどご紹介したセオリー・オブ・チェンジも、それを体現しているように思います。自分たちの大切にする目的実現のため、目に見えるお金や商品、目には見えない知や人の感情や尊厳、マインドなどを合わせてデザインして、変化のプロセスをつくろう、というものです。21世紀における企業や組織の競争力は、優れたセオリー・オブ・チェンジへの意識で決まると言っても、過言ではありません。

 有名な社会起業の1つに、ホームレスの自立を支援しようとロンドンで始まった「ビッグイシュー」(The Big Issue)があるのは、すでにご存知かと思います。内容の充実したカッコいい雑誌を作り、ホームレスがそれを路上で販売する。それによって彼らは収入を得るので、一定の売上をあげれば家賃も払えるようになり、住所を得れば、職安に行って仕事も探せるようになる。そういう好循環を作り出すことを意図したモデルですが、じつは、金融危機のあった年、日本のビッグイシュー基金に対する寄付金が3倍以上に増えたのです。

紺野 それはすごい。

ビッグイシューのセオリー・オブ・チェンジ概念図。(この図については対談後編で詳説する)
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井上 つまり、貨幣を媒介とした世界が揺らいだ時にこそ、彼らの明確なセオリー・オブ・チェンジが競争力の源泉となったんです。どうせ寄付をするのなら、変化やインパクトまでの道筋が明確な団体がいいですよね。彼らのセオリー・オブ・チェンジは、雑誌を売ることを手段に、ホームレスの方に自立しようとするマインドを育み、実際に自立することで、彼らの存在をめぐる社会の状況も変わっていく「パターン」を示しています。目に見える商品は雑誌ですが、それによって売上げや利益を獲得するだけでなく、ホームレスが自尊心を得て、自立することに目的がある。

 ユヌス氏のグラミン銀行もそうですが、ソーシャル・イノベーションの何が面白いかと言えば、それは直接的な製品としては提供しようのない、人間の「尊厳」や「可能性」、「マインド」といったものの変化を、ある製品やサービスを通じて、顧客とともに実現してしまうことなんです。この分野では、モノを通じた意味の提供を、どこまで設計できているかがまさに生命線なんですよね。