商品化できない価値を追求するために
市場原理を利用する

井上 ソーシャル・イノベーションって結局、人のマインドセットを変えることがすべてなんです。当然ですが、これを使えば人の心が変わりますよという商品はない。人間の尊厳も商品化できない。だから、ビッグイシューのように雑誌という形にするのですが、本来の求める成果をかなえるには、とにかくたくさんの雑誌を売り上げるなど、効率性を追求するだけでは必ずしもうまくいきません。

 ビジネスにおいて、必ずしも直線的なロジックだけが勝利する訳でない話として、僕が主催した「STYLE」というソーシャルベンチャーのコンテストでの出来事を紹介します。それは、2002年のこと。当時はまだ大学4年生だった藤岡亜美さんという方が、南米エクアドルの山奥で出会ってしまったオーガニックなコーヒー豆を使って、自家焙煎で入れたコーヒーを東京の忙しいビジネスパーソンに飲んでもらう「スローウォーターカフェ」というプランを持って応募してきました。

 審査員にはマネックス証券の松本大さんや多摩大学大学院教授の田坂広志さん、ソフィアバンクの藤沢久美さんなど蒼々たるメンバーがいた。で、何が起きたかと言えば、彼女のプレゼンを聞いて会場もふくめ、多くの人が泣いてしまったんです。

 その時に、ある審査員の方が「彼女はたぶん、失敗する。このままのプランでは、絶対にうまくいかない。だけど、彼女は転んでもやり続けるだろう。何度でも立ち上がるだろう」と言って下さった。田坂さんはその時、「パーソナリティは最高の戦略だ」とコメントされたんですが、僕、それはほんと素晴らしい言葉だ、と思いました。

 通常のビジネスプランコンペでは、紺野さんのおっしゃる「中目的(駆動目標)」くらいのところでしか語らないんです。そうすると、聞いている方もついつい左脳やロジックできいてしまうから「マーケティングが甘い」とか「財務計画はどうした」という反応ばかりが出てしまう。

 だけど、応募者が自分という存在に基づいて、パーソナルな物語とともに、自分の言葉と現場感の伴う体感で大きなビジョンや目的を語る。その時、そのビジョンを実現するための具体的な事業計画に改善点があっても、共感してしまう。共感すれば、主語が一緒になる。「素晴らしい夢だから、協力したい」「マーケティングが弱いなら手伝います」と手があがるんです。「弱み」が「強み」に転換し、今までなかったリソースを引き出すんですね。

紺野 それ、とてもよくわかります。ソニーの井深さんはよく、「資源は無限と考えろ」とおっしゃっていたという。つまり、「これくらいの資源しかないからこれしかできないんだ」と思うと、人もお金も集まって来ない。けれど、「資源は無限だ」と思って高い目的を掲げたら、人もお金もその目的に導かれるようにして自然と集まって来る。

 効率性とロジックで凝り固まった硬直的な組織だと、その無限に広がる資源の存在が見えなくなってしまう。目先の効率性と生産性しか考えないからです。

井上 そのことの問題点についてちょっと詳しく説明したいのですが、言葉だけではわかりにくいので図にします。まずは、ビジネスにおける「インプット」「アウトプット」「アウトカム」を、紺野さんのおっしゃる「小目的」「中目的」「大目的」に当てはめて対比させる。すると、下の図表のようになりますね。

人々の意志と能力を集めて<br />インパクトを生み出すそのポイントは?<br />対談:井上英之×紺野登(後編)ビッグイシューのセオリー・オブ・チェンジ概念図。
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 ビジネスって、通常はこのうちのインプットとアウトプットの部分しか見ていない。その2つの関係性だけを見て、生産性がいい・悪いと論じている。これだと、視野も工夫の範囲もすごく狭くなります。本来、本当に重要なのはアウトカムで、iPhoneというプロダクトが実現するライフスタイルやぼくたちにとっての意味であって、やっぱり、何かの目的のためにロジックや資源を使うんですよね。