ベトナム経済に、急速に影が差し始めた。ベトナムファンドが相次いで設立され、現地企業への投資のための口座開設で日本人が7割を占めるなど、同国は“第二の中国”ともてはやされてきた。それが一転、深刻な事態に直面しているのだ。すでに株式市場は年初来、6割も下落している。
懸念材料は、高インフレと経常赤字の急拡大だ。5月のインフレ率は25%。1~5月の貿易赤字は、GDP比約5割に当たる144億ドルに達した。インフレと経常赤字は新興国にある程度付き物だが、ベトナムの数値は群を抜く。
3月下旬、これらの経済指標発表で実体経済の悪化ぶりが明らかになるや、通貨(ドン)は急落。さらに5月、インフレ抑制のため、中央銀行が政策金利の大幅な引き上げとともに外貨建て融資の制限に踏み切ると、市中のドルが不足し、ドル買い・ドン売り圧力が増幅された。政府は為替レートの変動幅を管理下に置くが、3月以降、公定レートは下限に張り付いた状態だ。実勢レートでは、5月以降10%以上のドン安である。ここに株価下落、一部金融機関の流動性不安が加わり、ドン売り圧力に拍車がかかっている。
1997年のアジア通貨危機時、タイは55%もの通貨下落に見舞われた。モルガン・スタンレーは5月末のレポートで、「同規模の下落リスクがある」と警告している。
かつてのタイと異なり、ベトナムでは外資流入は直接投資が主で、一気に流出する危険のある短期資金の割合は小さいとされる。だが短期資金の流入規模はじつは不透明で、政府自身も把握していない。「通貨危機が目前、というわけではないが、一歩一歩近づいている」というのが、多くの関係者の見方である。
日系メーカー各社は、「依然、同国での販売は好調」と楽観的だ。だが、ベトナム経済が内包する“歪み”に、あらためて目を向ける必要があろう。
(『週刊ダイヤモンド』編集部 河野拓郎)