書評を読み返して感想を深める

 読み終わった本についての書評がノートにある場合、一旦読書ノートを書いたあとで、記事を参照してみましょう。たとえば、数ヵ月前に切り抜いておいた書評で取り上げられていた本を、最近になって読了した、といったケースです。

 まずは、普通に「ねぎま式」や「スクラップ式」で読書ノートをつくる。それが終わったら、ノートをパラパラめくってさかのぼり、書評を読み返してみる。読書ノートは、あくまで「本と自分だけの対話」なので、第三者の視点は要りません。

 しかし、つくり終わったあとに、書評を読み返して「他者の視点」を入れてみると、また角度を変えて自分の読書体験を眺めることができます。「自分にとっては○○という意味のある本だったが、この人にとっては△△だったのか」という具合です。

 そんな発見は、読書ノートに補足して書き加えておきましょう。僕はついでにノートに書評記事のコピーを取って貼っておくこともあります。収録物は重複してしまいますが、参照するのに便利だからです。実際のケースで説明しましょう。

 数ヵ月前、読売新聞で見つけた斎藤美奈子さんの連載「名作うしろ読み」で岡倉天心の『茶の本』が取り上げられているのを見て、「そういえば、これは数年前に読んで感動した覚えがある。この機会に読み返そう」と思ったので、ノートに貼っておきました。

 それからしばらくたって、ついに『茶の本』を読み返しました。このとき読書ノートに書いたのは、主に第4章「茶室」についての感想です。すべて第3回で紹介した「ねぎま式メモ」で書いています。

○人はいろいろな音楽を同時に聞くことはできぬ、美しいものの真の理解はただある中心点に注意を集中することによってのみできるのであるから。
☆そぎ落として、そぎ落として、核心に迫っていくことができる。「余計なものがない」という贅沢。(P59)
○実際われわれは往々あまりに自己をあらわし過ぎて困る、そしてわれわれは虚栄心があるにもかかわらず自愛さえも単調になりがちである。(P61)
☆すごい言葉。自意識からフリーになる方法=茶室で(空間)茶を点てる(行為)。日本人の精神文明はこの時代(中世)が最高潮だったのではないか?

 大まかに言うと僕は「心のモヤモヤ」を乗り越えるヒントとして『茶の本』を読んだのでした。ところが、書き終わってから書評を読んでみると、まるで違う読み方があることに気がつきます。

 たとえば、本書のラスト、千利休が切腹する場面について、斉藤氏の書評にはこんな感想が書かれていました。

最後の茶会の後、白い死に装束で利休は辞世の言葉を詠む。〈来れ、汝/永遠の剣よ!/仏陀を殺し/達磨を殺し/汝は汝の道を切りひらきたり〉。そして〈微笑を浮かべつつ、利休は未知の国へ立ち去った〉。クーッ、カッコイイ!

 おお、確かにシブイ! だけど、こんな文章あったっけ? そう思って『茶の本』を読み返してみると、どこにもないことがわかります。あるのはただ、

人生七十 力囲希咄 吾が這の宝剣 祖仏共に殺す
笑みを顔にうかべながら、利休は冥土へ行ったのであった。

 というシンプルな絶唱シーンだけ。おかしいぞ? と思って書評を見ると、訳が違うことに気がつきました(『茶の本』は英語で書かれた本です)。書評は講談社学術文庫版について書かれたもので、僕が読んだのは岩波文庫版でした。

「でも、なんでこの辞世の言葉が『来れ、汝/永遠の剣よ!』になるんだ?」と思って岩波文庫版の解説を読んでいると、どうやら利休の言葉とされる「力囲希咄」は、一種の間投詞で「おりゃー!」とか「なんじゃい!」とかいった意味があるらしい。

 なるほど、だからこういう訳もあり得るわけか。これは一度、原書(英語版)で見てみたいな。こんな熱気のある文章なら講談社学術文庫版も読んでみよう。茶の精神性の解説本ではなく、もっと利休や岡倉天心といった「美」に命をかけた人物に感情移入した読み方もできそうだ。

 このように、まったく違うことを考えることができます。書評と自分の感想を俯瞰し、比べてみることによって、自分の考えを相対化させるわけです。書評記事を保管しておけば、手軽に一つの読書体験を重層的なものにすることができるのです。

 これまで5回にわたって、ノートを使って読んだ内容を確実に頭に残すための読書術を紹介してきました。さらに詳しい読書の技法や、読んだ本をベースにオリジナルの思考をつくるコツについては新刊書籍で解説しています。ご興味のある方はぜひ読んでみてください。(連載終了)


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著者紹介
奥野宣之(おくの・のぶゆき)
1981年大阪府生まれ。同志社大学文学部でジャーナリズムを学んだあと、出版社、新聞社の記者を経て『情報は1冊のノートにまとめなさい』で著作デビュー。独自の情報整理術や知的生産術がビジネスパーソンを中心に支持を集め、第2弾『読書は1冊のノートにまとめなさい』、第3弾『人生は1冊のノートにまとめなさい』と合わせたシリーズは累計50万部を超えるベストセラーとなった。
ジャーナリストの経験を活かし、ウェブや雑誌のライターとして活動するかたわら“ノート本作家”として、メディア出演・講演などでも活躍中。仕事に活かせるノートや文具の活用法、本とより深く付き合うための読書法、人生を充実させるライフログの技術、旅行や行楽を楽しむための旅ノート・散歩ノートの技術など、活動の幅は広い。趣味は古墳めぐりと自然観察。ついでに写真撮影。仕事だけでなく家庭や趣味でもノートを使いこなすライフスタイルは、NHKやTBSでも放送され反響を集めた。
その他の著書は『旅ノート・散歩ノートのつくりかた』『知的生産ワークアウト』『「処方せん」的読書術』『新書3冊でできる「自分の考え」のつくり方』など多数。

著者エージェント:アップルシード・エージェンシー
http://www.appleseed.co.jp