父親との面会で変わる気持ち、入れ墨に込めた決意

開沼 仕事も長時間拘束のものをこなしていたわけですが、何かに没頭するのが好きなタイプですか?

大山 そうですね。没頭するのは好きですし、働くことも嫌いではありません。任せてもらってできなかった仕事はなく、要領よく何でもこなせると思いますね。ただ、プライベートは本当に薄っぺらいというか、人間味のない生活をしているかもしれません。ウサギやネコの散歩だったり、あとは入れ墨が唯一の趣味ですね。

開沼 入れ墨は少しずつ増やしているところですか?

大山 そうですね、まだ完成してない状態ですから。月に1、2回、それが唯一の楽しみといえば楽しみですね。

開沼 入れ墨は「決意」だと著書でも書かれていましたね。

大山 父親を許すことはできないけど、「生きて罪を償ってほしい」と気持ちが変わり、これからも父親と一緒に先に進んでいこうということがきっかけです。

開沼 なるほど。

大山 僕のことを心配してくれた人はいましたが、僕の側が聞く耳を持ちませんでした。自殺未遂をしたときも親戚は心配してくれましたし。でも、僕が荒れに荒れていたので、家に置けないから施設に預けたい、家から追い出したいという気持ちはいまならわかります。ただ、当時は捨てられたと思っていたし、人の愛情を感じられなかったというか、「どうせ、うわべだけ」「心配なんかしてないんだろ」と思っていました。

 それが、父親と面会するようになってから、自分のことを本当に心配してくれているという愛情を感じることができました。そのときはじめて心配かけたらいけないなと思えて、真面目に働くようにもなりました。同時に、父親が死刑にならないように、僕も最善の努力を尽くして一緒に前へ進んでいこうと、その決意が固まったときに何らかの形を自分の中で残したかったというのがあったと思います。

 若気の至りといえばそうかもしれません。龍の絵のように和風な絵が好きだったこともありますが、入れ墨には当然痛みも伴います、かなりの激痛が。また、一生消えないものでもあるからこそ決意の表れにもなるかなと。何があっても絶対に、自分が死ぬときまで消えないものといったら、僕の中では入れ墨という発想だったので、背中に大きく入れたという感じですかね。

開沼 なるほど。実際に入れ墨を入れてみたとき、最初はどんな気持ちでしたか?

大山 ただ「痛い」という気持ちしかなかったです。入れ墨がなければ決意が揺らぐのかといえばそうではないけど……うまく言葉では言えませんが、彫る痛みも乗り越えながら完成したものを見たときは、今までいろいろ乗り越えてきた証が背中にバーンとできたようでうれしく思いました。

開沼 大山さんが何を背負っているのか、まだ理解しきれていないところがあります。それは、言葉にしにくい何かでしょうか?

大山 背負うというか決意ですね。

開沼 何の決意ですか?

大山 変わらない、過去の自分に戻らないことですかね。父親に対する憎しみの気持ちは、心の中には絶対まだありますが、それを表に出さない。憎しみだったり、恨みだったり、そういったものを自分の中で終わらせる決意です。内面は変わったけど、外見も変えたかった。ただ体に模様が入ったというだけなんですけどね。入れ墨に対する偏見はものすごく大きいだろうし、たぶん理解されない、理解されるほうが難しいかなと思っています。趣味の話題から話がこじれちゃいましたね。

開沼 いやいや、そういうところを知りたかったんです。入れ墨に興味がない人からすれば、入れ墨をしている人の気持ちはわからない。痛いだろうし、不便もあるだろうし、一生縛られるものでもある。もっと卑近な例で言えば、もとからタバコを吸っていない人がタバコを吸っている人を見たら、なに不健康なことをやって勝手にやめようと苦しんだり、喫煙の権利を強弁したりしているんだろう、と思うところもあるわけですが。大山さんにとっての入れ墨には、一生変わらないものを身体にまとうことで、いつか変わるかもしれない気持ちを支えるという意味があると。それはわかりやすい。