平日は都会で働き、週末は田舎で過ごす「二地域居住」。憧れはあっても経済的・時間的なハードルからあきらめている人も多いかもしれない。東京生まれ、会社勤め、共働き、子ども3人という「田舎素人」「知識ゼロ」「子育て中」というハンディがありながら、この暮らしを実践する『週末は田舎暮らし』の著者・馬場未織さんと、『僕らの時代のライフデザイン』で、都会生活と田舎暮らし、移住と定住など、さまざまな「デュアルライフ」を推奨する、ライフハッカー[日本版]編集長・米田智彦さんが語る、二つの地域を行き来する暮らし方のススメ。
都市と田舎の両方に住むことで
バランスを保つ生き方
米田 馬場さんの『週末は田舎暮らし』では、週末だけ住む家の土地探しから、実際の二地域居住の暮らし方まで詳しく書かれていますが、馬場さん一家のこの生活スタイルも7年を超えたんですね。それまでは、東京以外に住んだことはなかったんですか?
馬場 ないんです。でも東京生まれ、東京育ちだからといって、東京に納得していたというわけではなく、常に今いる環境にいちいち違和感を感じながら生きてきた気がします。場所だけでなく、人生に納得できていないというか。仕事も、結婚生活も、子育てもしているのに、東京という枠内にいる自分に閉塞感を感じてしまうんですよね。東京という選択可能性の多い都市にいて、実際不自由はしないけれど、本質的には何もわかってないんじゃないかという不安とかね。
米田 でも、東京生まれの人は逆に東京に疎い感じはありますよね。僕は福岡で生まれ育ったんですが、福岡は都市ながらも車で30分も移動すれば海も山もある環境でしたし、都市といいながらも東京ほど膨大な情報があふれているわけではありませんでした。だから、若い頃は東京でしか触れられない文化や情報にずっと憧れていました。
馬場 東京という“密”なところで過ごしていると、情報や人間関係から解放されたくなりません? 私自身は南房総という“疎”に向かった結果、“密=面白い”ということではないんだなと思えるようになりました。東京は好きだけど、南房総ほどは感動がない生活だと思ってしまうんですよね。
米田 僕自身も20代30代の頃は、昼も夜も遊びでも自分がやりたいことを限界までやっていましたが、40歳になってから、それよりも、山に登ったり滝に打たれたりするほうが新鮮に感じるようになりました。東京は街全体がディスプレイになっていて、その中で自分の立ち位置を決めるために商品を選び、学校を選び、会社を選ぶという「取捨選択」で生きている。生まれも育ちも東京という人は、そういう取捨選択に飽きているようにも見えます。
昔は東京も決して“密”というわけではなくて、空地というか“余白”の部分があったと思いますが、今はどんどんなくなって密集してきている。取捨選択するだけじゃなくて、自分でつくっていくためにも“疎”に向かう人が増えているのかもしれませんね。
馬場 そうですね。また、南房総に行くと、比して東京は“音”があふれているということが分かります。情報もそうだけど、仕事でも子育てでも、人間関係が押し寄せてきて、雑音も増えて、自分の輪郭が保ちきれない疲労感を感じるときもある。もちろん南房総にいても、人間関係はありますが、それがすごく“疎”だから、自分を保てている感じがあるんです。
米田 都会に住みながらいかに情報や人間関係の疲弊から逃れるのかというのは、僕も今後の大きなテーマだと思っていて、自著の『デジタルデトックスのすすめ 「つながり疲れ」を感じたら読む本』という本にもその距離の置き方について書いたのですが、都会と田舎、両方でハイブリッドに暮らすことは、人間らしい生活を送る上で役立つでしょうね。
実際、馬場さんのように、仕事のある都会だけでなく、田舎でも生活したいと考えている人は増えたと思います。馬場さんの場合は週末に南房総で生活するスタイルですが、鎌倉や湯河原、あるいは軽井沢に移住して、都心に通勤するというデュアルライフを送る人もいますよね。いずれにしても、都会と田舎を往復生活することで、保つことができる人間としてのバランスというものがあるのかなと。