「外観」を観察する

「質問がなければ、作法の第一ステップ『外観』の観察の説明をしよう」

 安曇は手に持ったグラスを傾けた。

「会社の外観を観察する際に、一番使われるのは『決算書』だ。バランスシート、損益計算書、キャッシュフロー計算書だね。君の最初の仕事は、この決算書に隠されている暗号を読み解くことだ。具体的には、決算書の構造を図解する。こうすることで会社の実態は、ある程度わかる」

「ある程度ですか? 大学で学んだ管理会計の授業で、決算書を読めれば会社の裏までわかるって、教わりましたけど…」

 すると、安曇は首をかしげてこう答えた。

「果たして、君が教わった先生の説明は正しいだろうか。ボクには疑問だね。第一に決算書がもたらす情報はそれほど多くはない。第二に決算書は絶対的な事実を表現しているわけではない。そして、第三に会社の業種によって決算書に表れる特徴は異なる。つまり、外観の観察だけでは、会社の質を見分けることはできないということだ」

 これまで決算書を見てもその裏側までわからないのは、経験が足りないからだと思っていた。だが、どうやらそうではなさそうだ。

「もう少し具体的に教えていただけないでしょうか?」

 ヒカリはもっと深く知りたくなった。

「たとえば、製造会社と販売会社では、バランスシートや損益計算書の構造は異なる。通常、製造会社は工場を所有しているから固定資産の額は大きいが、販売会社はそれほどでもない。粗利率を比べた場合、販売会社のほうが高い。しかし、販売費はかさむから営業利益率が高くなるわけではない。つまり、会社を分析する場合の絶対的な基準はないということだ。だからこそ、まずはコンサルティングする企業の業種と、その特色を押さえたうえで分析することが必要なのだ」

「じゃあ、同じ業種の会社を比較する場合は、どうなんでしょうか?」

 安曇は二、三度咳払いすると、炭酸入りのミネラルウォータで喉を潤した。

「それも単純ではない。たとえば借金体質の会社と無借金の会社を比較した場合、無借金の会社のほうが不況に強いことは確かだ。だが、成長の途上にある会社は、借金をしないと急成長は望めない。どちらがいいかは一概には言えないんだよ」

「そうなんですか。でも、優れているか劣っているかの判断基準は、あるように思えるんですけど…」

 ヒカリは納得できなかった。

「絶対的な基準はないとしても、常識は知っておく必要はある。同じ業種の2社を比較する場合、優良な会社は少ない資産と従業員でより多くの利益を上げることができる。それから、優良会社にはムダがない。とはいえ、それがどんな状態を意味するのかは、やはり経験してみないとわからないものだ」