人も会社も、オリジナリティがなければ、コスト競争に陥り、コストダウンすることでしか勝負できません。それで得られるものは、よくても束の間の成功です。では、オリジナリティを生み出すものは何でしょうか?
今回のテーマは成功論です。世の中には成功本がたくさん出回っています。若い世代にとって、人生の成功は最高の目標ですから当然だと思います。
ひとつ言えることは、オリジナリティを欠いた成功追求の行く末はコスト競争に陥るということです。私の世代のサラリーマンで言えば残業競争です。企業においても個人においても、オリジナリティを欠いた成功追求の先には、疲弊はあっても成功はありません。
競争してナンバー1の世界、競争条件が決められ、競争科目が決められ、そこでのナンバー1を競うという能力発揮は――受験や出世競争がそうですが――、その先に本当の成功はありません。すぐ後にはナンバー2が控えており、「差別化」できていませんから、気の休まる時がないのです。
本当の成功はオンリー1の地位を築くこと、言い換えればブランドを構築することです。それはどのようにして可能なのでしょうか。そこに、「マズローの欲求階層説」で言うところの自己実現欲求の秘密があります。「マズローの欲求階層説」で言えば、ナンバー1競争は自尊欲求のレベルなのだと思います。下図を参考にしてください。
このように自己実現とは、内なる、オリジナルな、問題意識に貫かれた、能力発揮の努力です。自己実現という概念には、その人に組み込まれた、言い換えれば、その人独自の資質の発揮という意味合いが含まれています。そうした欲求の充足の行動は「探求」という言葉で表せばピッタリです。「探求」とは不思議なものだとつくづく思います。自分の内側にあって自分を動機づけながら、自分を超えて導くもの、それが「探求」です。
『理念が独自性を生む』(ダイヤモンド社、2004年)でそんなことを書きました。ただし、そこではこの「探求」という言葉が「理念」という言葉に置き換えられていました。「理念が独自性を生む」とは「探求が独自性を生む」ということです。こだわり、問題意識、哲学が「独自性」すなわちブランドを生むのです。
ところで、私は28年間の金融の現場で、優れた、魅力的な経営者に出会ってきましたが、その魅力を一言で表現することが出来ないまま大学に転進し、転進して5年後にひとつの言葉に出会いました。それが「探求者Explorer」です。
この言葉はハンガリー生まれの科学哲学者マイケル・ポラニー(1891~1976)が『暗黙知の次元』(紀伊国屋書店、1980年。原著は1966年)という小さな本で使った言葉ですが、これが私にとって優れた経営者の本質を要約する言葉になりました。ちなみに、ポラニーは「創発(emergence)」とか「暗黙知(tacit knowledge)」という概念を創造して現代の経営学にも影響を及ぼしている人物です。
ポラニーの言葉を要約すれば、(科学者たちの)発見は「孤独な内観」から出発し、「個人的な執着」へと転化する。そして、「真の発見者は、可能であり許されうるという以外になんの手がかりもない思考の大海原を、海図をあてにすることもできずに航海しなければならない。真の発見者の想像力は、この大海原をわたりきる。彼は彼のこの想像力のこの大胆な壮挙にたいして、賞賛を受けるのである」。
優れた科学者たちをポラニーはこのように表現したのですが、しかしこれは、卓越した経営者たちにもそのまま当てはまると私は思いました。科学者の世界だけでなく、優れた経営者もまた「探求者 Explorer」なのです。そして、恐らく優れたビジネスマンもまた、「探求者 Explorer」であると私は思います。
結論です。本当の成功にオリジナリティ・独自性は欠かせません。オリジナリティを生むもの、それは問題意識であり、こだわりです。この問題意識こそ人間の本当の能力なのです。