リーマンショックから6年。投資銀行業界は大きく変わりました。仕事も、給料も、そして結婚相手も……。 『ビジネスエリートの「これはすごい!」を集めた 外資系投資銀行のエクセル仕事術』の著者・熊野整氏による連載第21回。
先日、元・外資系投資銀行の友人らと飲んだときの話(A氏、B氏、私)。A氏は、1年前に投資銀行を辞めて、事業会社に転職。B氏は、新卒からずっと投資銀行で働いていたが、このたび転職を考えているという。
B氏「転職したいんだよねー。投資銀行も、リーマンショック以来つまらないし」
A氏と私「うんうん、いいんじゃない?」
B氏「でもさー、嫁をどうやって説得するか悩んでるんだよね。うちの嫁、リーマン前の嫁だからさ……」
私「(リーマン前の嫁……?)」
そこで間髪いれずにA氏。
A氏「それは大変ですねー。うちの嫁はリーマン後の嫁だから、かんたんに説得できたよ」
B氏「リーマン後なんだ!うらやましい!」
何を言っているのかさっぱり分からなかったのですが、どうも聞いてみると、リーマン前、つまりリーマンショック前は投資銀行の給料もよかったため、その頃に結婚すると、奥さんが求める生活水準がとても高いらしい。だからカンタンに投資銀行の世界を辞められないのです。
一方、リーマンショック後の結婚だと、奥さんは投資銀行のダンナに対してそれほど高い給料を求めないため、他の業界に転職することについて、あまり反対もしないとのこと。
それを総じて、「リーマン前の嫁」「リーマン後の嫁」と言っているのだとようやく把握したワタシ。私は独身で、そういう経験がなかったので心底びっくりした。
私はリーマンショックから1年くらい後に投資銀行を辞めたのだが、これはかなり早いほうだったと思う。リーマンショック後にいち早く投資銀行を去ったのは、私を含む新卒から入社4~5年目の若手だった。投資銀行以外にやりたいことがある、というのが理由だろうが、おそらく給与体系も1つの理由だと思う。
外資系投資銀行の場合、新卒で入社して5年目あたりからボーナスが現金ではなく、自社株式で支払われるようになるが、厳密には、「3年後に株式をあげるよ」という権利をボーナスとして与えられる。さらに、その3年間を経たずに退職した場合は、その権利はナシになる、という仕組みとなっていることが多い。
この場合、3年間待っている間に、また新たに「株式をもらえる権利」をボーナスとしてもらうわけだから、すべての株式をもらえる、という日はいつまでたってもこない。だから会社を辞めにくい、というわけである。
また、入社3年未満の若手は、まだ投資銀行で経験したいことも多い。そうなると、投資銀行業界を去るのが多いのは入社4~5年目ということになる。
これはあくまで個人的な見解だが、自由に自分がやりたい仕事を選びたければ、できるだけ生活水準は上げないほうがよいのではと思う。特にリーマンショックのときには、それを強く実感した。転職しても給料が上がるとは限らないし、そして何よりも、一度上げた生活水準を下げるのはとてもつらい。
かくいう私も、投資銀行にいたころ、東京・広尾のちょっとリッチなマンションに住んでみたことがある。なんとなく性に合わなくて結局1年くらいしか住まなかったけれど、よい人生経験になった。何度か自宅に友人たちを呼んでホーム・パーティもした。なんと某有名エアラインのキャビンアテンダントのお姉さんたちとのホーム・パーティまでも行われ、ちょっとしたバブルだった(ちなみにこのときのパーティ後は、彼女たちが片づけや洗いものをしてくれたが、ものすごい手際のよさで驚いた。さらに、彼女たちがトイレに入ると、トイレットペーパーの紙を三角折りにして出てくる。どおりで結婚相手として人気があるわけだと思った)。
あー、書くだけで恥ずかしくなってくる。投資銀行時代の若気の至りだ。ちなみに、私は旅行で飛行機を使うときには、できるだけそのエアラインを使うことにしている。飛行機を見るたびに、当時を思い出し、すこし寂しくもある。