ローリング博士をはじめとして、「デザイナーベイビー」への応用に大きな懸念が議論される中、中国のフォング博士らの研究チームが2015年4月18日、中国科学誌「プロテイン&セル(Protein&Cell)」にヒト受精卵の遺伝子を操作したことを報告しました。
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs13238-015-0153-5
この報告は、世界で初めてのヒトの受精卵の遺伝子操作とみなされています。研究者らはCRISPR-Cas9の技術を用いて、遺伝性血液疾患のβサラセミアに対して遺伝子の改変を試みました。具体的には、研究者らが使った86個の受精卵のうち、48時間後に生存していた71個から選んだ54個で遺伝子の操作を行い、28個が正常に修復されました。ヒトの受精卵を用いる場合、成功率は100%に近くあるべきですが、この時点で成功率が低すぎるため、研究チームは中断しました。
この報告に対して米国国立衛生研究所のフランシス・コリンズ所長は、ヒトの受精卵に遺伝子改変技術を使用する研究には、安全性や赤ちゃんの同意なしに次世代に継承される遺伝子改変を行う倫理的問題があるほか、説得力のある医療用途が欠如していることを理由に、研究費を提供しないという米国内における方針を述べました。
http://www.nih.gov/about/director/04292015_statement_gene_editing_technologies.htm
科学技術の進展が
独ナチスの「優生政策」を蘇らせる?
さらに「ネイチャーニュース」なども、その技術的問題、倫理的問題を警告しました。実際、フォング博士は、彼らの論文が「ネイチャー」誌と「サイエンス」誌には倫理的問題から拒否されたことを明らかにしています。
http://www.nature.com/news/chinese-scientists-genetically-modify-human-embryos-1.17378
この技術の応用に対する倫理的な懸念の背景には、「優生学(eugenics)」の歴史があります。優生学は、不良な遺伝子を持つ者を排除し、優良な子孫のみを増やすという思想です。米国インディアナ州で1907年に制定された世界初の断種法や、ドイツのナチスにおける優生政策など、人間は過去に大きな過ちを犯してきました。最近の科学の進歩によって、「デザイナーベイビー」という形で、再び優生学が問題になっています。科学技術の発展による私たちの健康への恩恵は多大ですが、越えてはいけない境界を慎重に見極めるべきでしょう。