今回ご紹介するのは、「経営の神様」松下幸之助の夫人、むめのの生涯を描いた『神様の女房』です。数々の壮絶なエピソードを読むと、夫人は幸之助の壮大な夢を共有していたことがよくわかります。少しだけご紹介しましょう。
NHKでドラマ化された
「肝っ玉母さん」
書名に使われている「神様」とは、もちろん松下電器産業(現在のパナソニック)を創業し、「経営の神様」と謳われた松下幸之助のことです。その神様の女房といえば、幸之助の妻のむめの夫人にほかなりません。
本書『神様の女房――もう一人の創業者・松下むめの物語』は、その妻の視点から幸之助・むめの夫婦やパナソニックの歴史を紐解いていく物語なのですが、一部にフィクションが含まれることから“ドキュメンタリー小説”と呼んでもいいかもしれません。2011年9月に刊行されるやNHKが「土曜ドラマスペシャル」枠でドラマ化し、同年10月1日から15日まで放送されました。
著者の高橋誠之介氏は、松下家最後の執事として、幸之助・むめの夫妻に20年以上にわたって仕え、二人の臨終にも立ち会った人物です。初めてむめのに会った高橋氏の印象は「肝っ玉母さんみたいだな」というものでした。身長160cm、体重55kg。小柄な女性が多い明治生まれの婦人にしては、確かに立派な体格でした。楽観的な性格で、偉ぶらず、謙虚。世間で持たれがちな、「お金持ちの家の奥さん」のイメージとはまったく異なるごく普通のおばさん。それでいてどんな人も同じように包み込むような温かさをもって接する姿に、ただただ驚くばかりだったそうです。
夫の幸之助よりも長い時間をいっしょに過ごしたむめの夫人の半生を描こうと決めた動機について、著者は以下のように記しています。
幸之助さんの偉大さは、もはや説明するまでもありません。何より、その夢の大きさのスケールが違いました。最初は食べていくための事業、商売のための商売でしたが、三〇代も半ばを過ぎてからは、彼が目指した、夢見たのは単なる企業や事業の成長ではありませんでした。この国から貧しさをなくし、誰もが幸せになれる楽土を建設するという、とんでもなく大きな目標を掲げたのです。しかも、本気で、です。
しかし、そうした壮大な夢が描けたのは、幸之助さんだけの力ではなかったのではないか、と私は次第に感じるようになりました。誰よりもそれを応援していた人がいた。それが、奥様のむめのさんでした。
(中略)
幸之助さんの伝記は山のようにあります。しかし、奥様のむめのさんのことは、ほとんど知られていません。むめのさんの生涯をちゃんと世に残すこと、第二、第三の松下幸之助をこの国から生み出すためにも、奥様の人生を世に知らしめること。それは、長年にわたって仕えた身としての私の義務ではないか、と考えるようになりました。(289~291ページ)